「きれいと思った」 あの日から近寄れなかった海、必死だった11年

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太田原奈都乃
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 東日本大震災から、11日で11年となる。初任地の岩手県で被災地を取材した記者(26)が、被災した人の思いを聞く「いま伝えたい 千人の声」の取材に加わり、宮城県内を訪ねた。(太田原奈都乃)

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 いまどうしていますか、と聞きたい人がいた。

 仙台市の中心部から海沿いに広がる宮城野区に暮らす、志賀野恵子さん(44)。海から3キロほどの川沿いにあった自宅が津波にのまれた。2人の子どもと夫は無事だったが、娘と同じ幼稚園に通う子や知り合いが何人も亡くなった。その胸の内を、「千人の声」の過去のアンケートや取材に打ち明けていた。

 2012年 《何もしてないのに涙が止まらない》

 海のそばにはもう住めなかった。同じ宮城野区のさらに内陸側の場所に家を建て、生活を支えるため、新しい仕事も始めた。

 2016年 《何でここにいるんだろうと考えてしまう。理想の家をつくってうれしいはずなのに》

 2020年 《現実はのみこんで生きていかなきゃいけないと再確認する》

 「最近になって分かってきたこともあるんです」。今年2月上旬、志賀野さんに初めて会った。言葉を探し、これまでを振り返る。「あの時のことは忘れていきたくて、感じないように考えないようにって、してきた。でも忘れなかった」

 海にはずっと近寄れなかった。海水浴を楽しむ人の姿を見ると苦しかった。

9年半ぶりの海に

 ただ、県北東部にある気仙沼

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