あの子が机を叩く理由 東京から被災地に来た私はわかってなかった

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聞き手・小村田義之 聞き手・福地慶太郎 聞き手 編集委員・東野真和
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 被災者、国、ボランティア、被災地以外の人々……。震災後、異なる立場から見える風景は交差し、時にすれ違ってきた。それをつなげようと「対話」を重ねてきた人たちに聞いた。

対話自体に幸せがある 認定NPO法人カタリバ代表理事・今村久美さん 

 震災の年に、宮城県女川町岩手県大槌町で、被災した子どもたちのための放課後学校を開きました。私にも何かできることがあるはずだ、と突っ走っていたんです。

 でも、東京から来た私たちが信用されるには、時間がかかりました。

 被災者といっても昨日まで普通に生活していた方々。当時の私は、支援を「する側」「される側」と、無意識に固定したモノの言い方をしていたようで、受け入れがたかったと思います。

「髪が抜けるほど悩んだ」という今村さんが、考え方を変えていった11年間を振り返ります。記事後半では、早稲田大学教授の松岡俊二さんが、原発をめぐる住民と東電や政府の対話について、産直サイト「ポケットマルシェ」代表の高橋博之さんが、お金だけではない生産者と消費者の関係について語ります。

 うまくいかないことが多くて…

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    今村久美
    (認定NPO法人カタリバ 代表理事)
    2022年3月12日7時2分 投稿
    【視点】

    お話をする機会をいただきありがとうございました。 あの震災は、当事者として被災した人たちはもちろんそうだったに違いありませんが、よそものの立場で被災地に関わろうとする私にとっても、それまでの経験や信念などほぼ全ての再構築が求められる日々で