その男には、どうしても会いたかった。
そうでなければ、一連の記事を始めることも、終わらせることもできないと思った。
ロン・ワトキンス。34歳のアジア系米国人。最近まで数年間、札幌に暮らしていた。2021年10月、拠点を米南部アリゾナ州にうつした。現在は連邦下院議員をめざし、選挙活動をしている。
ロンは長く、「Q」ではないかと疑われている。
Q――。陰謀論集団「Qアノン」が信奉する人物だ。17年10月から20年12月にかけて、匿名掲示板に謎めいた投稿を5千件近く続けた。だが、性別も年齢も、個人か集団かも、正確なことはわかっていない。
Qアノンは米国のみならず、日本を含めて世界中に広がった。形を変え、主張を膨らませ、社会をむしばむ。そしてなお、抜け出せない人たちが多くいる。
ロンは何者か。ほんとうにQなのか。Qアノンとはどのような集団で、なぜ、これほど広がったのか。日本では誰が、どのような活動をしているのか。
調べれば調べるほど、私はロンに会う必要性を感じた。だが、取材依頼を出しても、明確な返事はない。そこで私は、ニューヨークからラスベガスに飛んだ。
2021年10月23日。
ラスベガスではこの日、Qアノンの信奉者たちが集う大規模イベントが始まった。
そこにロンも出てくると、ネット上の案内に書かれていた。私は取材パスを手に入れる前に、会場のホテルに入る。ロビーでコーヒーを飲んでいると、向こうからロンが歩いてきた。
身長は190センチ近くだろうか。ラルフローレンのぴたりとした黒いポロシャツが、胸板の厚さを強調する。メガネをかけ、ジーンズをはいていた。
「ハイ、ロン。はじめまして」
そう声をかけると、けげんな顔をして、ロンはこちらに近づく。私は笑顔でこう言う。
「日本の記者です。取材を申し込んでいました」
ロンの第一声は「マスクを外…