ハレの日をハデに彩る メイド・イン鶴橋のチマ・チョゴリ

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机美鈴
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まだまだ勝手に関西遺産

 駅ホームに焼き肉のにおいが漂うJR・近鉄鶴橋駅(大阪市)。改札すぐに広がる鶴橋商店街は戦後の闇市が起源といい、狭い路地にキムチ店など約200店がひしめきあう中に華やかな一角が。朝鮮の民族衣装チマ・チョゴリの販売店だ。

 その一つ、安田商店は済州島出身の安明奎(アンミョンギュ)さんが1924年に興した生地卸売業が始まりだ。いったん帰国した後、戦後に日本へ戻って婚礼衣装を手がける「チョゴリ屋」を開いた。国交のなかった韓国からの輸入は難しく、夜汽車に乗って山梨や群馬の織元から上質な絹地を仕入れ、大阪・生野周辺に暮らす在日1世の女性たちが内職で仕立てた。

 現社長安田政弘さん(86)の妻美代子さん(83)は「とにかく忙しかった」と振り返る。結婚式には親戚一同で衣装を新調し、花嫁のお色直しは3回も4回も。「大阪人の気質も加わってか、みんな派手好き。夜中に必死で布にビーズを貼り付けたものです」。豪華なレースやスパンコールをあしらった、ショッキングピンクや真っ赤な衣装がばんばん売れた。在日コリアンへの差別が色濃く残る時代。ハレの日に寄せる思いがぎゅっと詰まった日本版チョゴリは独自の進化を遂げた。当時の韓国は落ち着いた色がはやっており、その派手さに、韓国人からはしばしば驚きのまなざしを向けられたという。

 大阪府東大阪市出身のフリー…

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