震災でダム決壊、怖かった 短大生になっても語り継ぐ記憶

斎藤徹
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 東日本大震災で決壊し、死者・行方不明者8人が出た福島県須賀川市の農業用ダム「藤沼湖」。11年前、ダム近くの小学校で被災した五十嵐夏菜(かな)さん(18)が今春、閉校する地元高校を卒業した。ふるさとを襲った災害の語り部として、新しい一歩を踏み出す。

 あの日、小学1年だった五十嵐さんは、藤沼湖から1・7キロほどの長沼小学校の教室にいた。午後2時46分、大きな揺れに襲われ、校庭に避難した。

 揺れが収まって校舎に戻ろうとしたとき、誰かが叫んだ。「水がきたぞ。逃げろ!」。ゴーッという音とともに校庭に濁流が入ってきた。何が起きているかわからないまま、高台にある体育館付近に逃げた。

 地震の揺れでダムが決壊し、150万トンもの水が流出。川沿いの集落で家や人が流された。自分の家族や家屋に被害はなかったものの、土砂に埋もれたほかの集落や壊れた道路を見て、とても怖かったことをいまも覚えている。

 ダム決壊により、生まれ育った地域でどんな被害があったのか。毎年3月11日が来るたび、心にひっかかっていた。被災した住民から話を聞いて育ったが、家族や友だちと災害の話をすることはなかった。

 意識が変わったのは長沼高校2年のときだ。社会科の先生に勧められ、県内各地の高校生が震災や復興について話し合う「ふくしま創生サミット」に参加。ダム決壊について話した。

 浜通りの津波被害や原発事故はみんな知っているのに、内陸の災害はあまり知られていなかった。つらい思いをしている人がまだいるのに、このままではやがて忘れられてしまう――。危機感が募り、「私が語り部になって語り継いでいこう」と決心した。

 地元小学校の防災学習などで体験を話してきた。そんなときに伝えているのは、自分たちの住む地域で想像できないような災害が起きた事実と、ふだんから避難経路の確認など防災の意識をもつことの大切さだ。

 今月1日、五十嵐さんは長沼高校を卒業した。同校は4月から市中心部の高校と統合されて閉校する。「最後の卒業生になったのはさみしい。でも、だからこそ、ふるさとで起きた災害をこれからも伝えていこう」。そんな思いが、わいてきた。

 6日に被災現場であった「大震災と藤沼湖の記憶をつなぐつどい」にも参加し、「誰かが語り続けなければ歴史は消えてしまう。それができる1人が私なんだ」との思いを新たにした。

 4月から郡山市の短大に通い、栄養士をめざす。新生活が始まっても、語り部の活動は続けていくつもりだ。(斎藤徹)