折れた道しるべ、接合し元の場所へ「交通の要衝」歴史伝える 中津

貞松慎二郎
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 大分県中津市で17日、上下が分断され、離ればなれになっていた石造の道しるべが接合・復元され、元の場所でお披露目された。下半分が見つかった福岡県東峰村から真田秀樹村長らも出席して除幕。江戸時代の主要な街道だった歴史を物語る石碑が時を経て、本来の形でよみがえった。

 「湯屋(ゆや)の辻」と呼ばれる十字路にあった道しるべで、1984年に近くの用水路工事現場で上半分が発見された。下半分の行方は不明のまま元の位置に設置され、20年にようやく下半分が東峰村の小石原工芸館跡にあることが分かった。跡地を公園にする計画があり、「ぜひ元の場所に」と中津市に寄贈された。

 現地は宇佐神宮へ通じる「勅使街道」と呼ばれた交通の要衝だった。伊能忠敬の測量日記にもこの道しるべを指すとみられる「湯屋村辻印」が登場する。ステンレスの支柱を通し、樹脂などで接合した道しるべは高さ約1・4メートル。幅18センチの四方に「従是(これより)東宇佐道」「従是西小倉道」といった文字が刻まれている。

 場所を提供したハートフル動物病院院長の時松聖潤(せいじゅん)さん(57)は「感無量です。この地で亡くなられた先人の方々も大変喜んでいると思う」。奥塚正典市長は「江戸時代にさかのぼって当時の姿をほうふつとさせて、未来の中津づくりの一歩になれば」と話した。貞松慎二郎