豪農一族の当主が作った押絵雛 中山町で16年ぶりに特別公開

辻岡大助
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 明治期に厚紙に綿や衣装を着せて作られた人形「押絵雛(おしえびな)」が19日から3日間、山形県中山町で16年ぶりに特別公開される。飾り付けを助言した京都市の人形作家で人間国宝、林駒夫さん(85)は「今もみずみずしく、生きているように見える」と評する。そのように完成度が高い人形の作者はいったい、どんな人物だったのか。

 中山町岡の旧柏倉喜作家住宅を管理するNPO法人柏倉家文化村が企画した催し。江戸時代の村山地方を代表する農家・地主だった柏倉九左衛門家の一族、喜作家の6畳間に展示される。重要文化財の旧九左衛門家の北側に位置する。

 ひな壇の上段から内裏びな、六歌仙歌舞伎人形など34体の押絵雛が並ぶ。大きさは縦30センチ前後。きらびやかな衣装を細かく貼り合わせ、絵筆で描かれた目鼻口が生き生きとした表情を際立たせている。喜作家で代々受け継がれてきた。

 作者は、その喜作家の4代当主、喜十郎(1878~1925)。豪農の一族の一人だ。同NPO法人が集めた資料によると、絵心があった喜十郎は上京して日本画の大家だった川端玉章に師事し、師の一字を授かり雪章と号した。当時流行の押絵雛を作っていた姉のために顔を描いたが、姉が早世したことで押絵雛の制作を始めたという。今回展示される押絵雛には姉が作ったものも含まれる。

 柏倉家の分家、惣右衛門家10代当主の柏倉健一さん(87)は「京都の職人ではなく、分家の当主自身が作ったもので素晴らしいと思う」と話す。本家などに残る豪華なひな人形の多くは江戸期以降に日本海を航行した北前船で上方から運ばれたもので、身内の先祖が自ら制作した人形に格別の思いがあるという。

 「鷹揚(おうよう)」

 健一さんと交流があり、25年ほど前に3年続けて喜作家のひな人形を見に来た人間国宝の林さんは、喜十郎の押絵雛からそんな言葉を思い浮かべる。鷹揚は、ゆったりとして上品といった意味だ。

 「喜十郎は裕福な知識階級で純粋な精神の持ち主だったのでしょう。人に売るためではなく、いいものを無心で愛して作ったように見えます。だから時を経ても生きているように感じさせる力が、この人形にはあるわけです」

 喜十郎の押絵雛はもともと喜作家のかやぶき屋根の主屋で展示されてきたが、2009年に老朽化のため取り壊された。公開はその3年前に途切れたようで、昨年3月には6代当主が死去。飾り付けの経験者がいない中、NPO法人が町教育委員会作成のひな人形の目録や古写真、林さんらの助言をもとに特別公開の準備を進め、主屋と土蔵をつないだ廊下脇の和室に展示することにした。

 特別公開は21日までの午前10時~午後3時。入場無料。(辻岡大助)