「彩花の存在、薄れることはない」 神戸の児童殺傷25年、父が手記

遠藤美波
[PR]

 1997年に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件で、被害者の一人の山下彩花さん(当時10)が亡くなってから23日で25年になる。父の賢治さん(73)が、亡き妻・京子さんの言葉を引用しながら、思いをつづった手記を報道各社に寄せた。

 彩花さんは97年3月16日、当時14歳だった加害者の男性(39)に金づちで頭部を殴られ、1週間後に亡くなった。

 事件後、京子さんは、講演や手記で命の大切さなどを訴えてきた。乳がんでの闘病の末、2017年に亡くなった。

 賢治さんは手記で、3月になると加害者の男性から届いていた手紙が4年前から届いていないと明かし、「私なりの方法で、今後も『償いと謝罪』を求めていきたい」とつづった。

 事件では97年2~5月に計5人の児童が相次いで襲われ、小学4年の彩花さんと小学6年の土師(はせ)淳さん(当時11)が殺害された。同年6月に殺人などの容疑で加害男性が逮捕された。男性は医療少年院に送致され、05年に本退院。15年には事件の経緯などを書いた手記を遺族に無断で出版した。(遠藤美波)

手記全文

 最愛の娘・彩花が10歳でこの世を去って25年、彩花が生きた時間の倍の歳月が流れようとも彩花の存在が薄れることはなく、私たちの心にしっかりと根を下ろしています。事件後、想像を絶する絶望に陥りながらも、歩み続けることができたのは、妻・京子の存在が大きかったのですが、闘病の末、5年前に亡くなってからは、周囲の皆様からたくさん支えていただきました。妻が事件から丸20年の時に綴(つづ)った手記の言葉は、今も私の胸に刻まれております。

 「私たち家族が20年をかけて学んだのは、“試練の中でこそ魂が磨かれ、人の幸せを願う深みのある優しさと、倒れても立ち上がろうとする真の強さが育まれる”ということです。家族の絆もさらに強くなりました。それらは決してお金で買うことができない宝物であり、彩花が命をかけて教えてくれたことに他なりません。これからも、体験し学んだことを丁寧に社会にお返ししていくことが、私たちの役目だと思っております。」

 加害者の男性からの手紙は、2018年以降、届いておりません。被害者家族に対して償う気持ちがないのでしょうか? 私なりの方法で、今後も「償いと謝罪」を求めていきたいと思っております。

 静かに彩花の命日を迎えさせて頂ければありがたく存じます。

 2022年3月

 山下賢治