もう一度「太平洋ひとりぼっち」、堀江謙一さん83歳 元気の源は?

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浅倉拓也、グラフィック・米沢章憲
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 60年前、兵庫県の西宮港から小さなヨットで米サンフランシスコに渡り、一躍、時の人となった青年がいた。その堀江謙一さん(83)が26日(現地時間)、世界最高齢の単独無寄港太平洋横断をめざし、サンフランシスコを出港する。100歳までヨットを続けたいという堀江さん。したいから、する――。冒険の理由はいつもそれだけだ。(浅倉拓也、グラフィック・米沢章憲)

昔は乾電池でラジオを聞いてたくらい。いまは……

 航海の準備を進める堀江謙一さんに、母港の新西宮ヨットハーバー(兵庫県西宮市)で思いを聞いた。

 ――あの「太平洋ひとりぼっち」から60年。今回も同じ19フィート(約5・8メートル)のヨットですね。

 サイズは同じですが、当時は衛星電話どころか無線機もなく、乾電池でラジオを聞いていたくらい。昔は板きれを流して速度を測ってましたけど、いまは自動車と同じようなメーターがついてます。位置もトラッキングシステムで常に分かる。それでもヨットの原理は変わってないし、海も同じ。本質的には変わらないですね。

 一番変わったのは、周りの反応やないですか。当時は「奇人変人」扱いでしたから。60年前の日本は個性の重視なんかでなく、大量生産のための人間を育てる時代。お金がかかるばかりで、もうからないことをなぜやるのか、理解されなかったんやないですかね。あの頃と比べれば、変わったと思います。

2カ月以上、ひとりぼっちの堀江さん。どう過ごし、何を食べるのでしょう。

 ――当時、ご両親は反対しな…

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