文学の国・岩手に作家兼公務員がいる

西晃奈
[PR]

 「文学の国」とうたわれる岩手県に、ユニークな作家がいる。普段は、地方公務員盛岡市役所の職員で、課長として働く。この3月末で役所を退職して民間会社に勤務する予定で、作家兼地方公務員の立場ではなくなるが、公務員でも「物書き」と両立できることを示した形だ。

 仕事が終わり、市役所をあとにする。自宅に戻って夕食と風呂を済ますと、洗濯物が干されている8畳一間の部屋へ。ノートパソコンを開き、「ワード」を縦書きに使う。ヘッドホンを着けて、いま書いている作品のイメージを膨らますために作った音楽のリスト5~10曲をリピート再生し、小説の世界に入り込んだ。

 地方公務員兼作家の加藤勝さん(53)。この生活は2014年に始まった。

 東日本大震災から2年経ったころ、市職員として、内陸への避難者や被災地ボランティア派遣を支える役割を担った。震災が風化しないようにと、地元団体と一緒に、震災を伝える映画を作り、脚本に携わった。

 映画は市の追悼行事のために作ったものだったが、口コミで広がり、1年半で全国で50回以上も公開された。作ったものが人の心に届く面白さを、そのとき知った。もともと小説を読むことが好きだったこともあり、「もっと人の心に刺さるものを」と筆をとった。

 公募の文芸誌「北の文学」での入賞を目指した。帰宅してからだと執筆時間は30分~1時間ほどしかとれない。2~3行で終わる日もあった。しかし、「千里の道も1字から」と、隙間の時間を大切にした。

 日中は市職員として働き、家に戻れば主人公と泣き笑い。時にはケンカもする。気持ちの切り替えに難儀したが、作品をイメージした音楽を流すことでのめり込めた。たとえば、今回初めて出版した短編小説の表題作になった「長袖とヘッドフォン」の文中にクラシック音楽について書いた。その執筆中には、ひたすらグスタフ・マーラー作品に耳を傾けた。

 今回の著作は「北の文学」に掲載された10作のうち、よりすぐりの5作をまとめた。そのうち4作の主人公は小学生、高校生、大学生。物語の多くは、若者が他人との交流を通し「気づき」を得る姿を描いた。

 市役所で、子ども青少年課など若者と関わる仕事に従事してきた。貧困や虐待、孤立、発達障害といった問題を抱えこみ、子どもが社会に閉塞(へいそく)感を感じている現状を目にしてきた。

 「でも、いまの環境は君の責任じゃない。環境や見方、ルールが変われば才能は輝く。何より自分を好きになることが大事だよ」

 子どもたちみんなに、等しく、そう声をかけたかった。その思いを、若い主人公たちに映し出している。

 思いよ届けと願う一方で、「おじさんが書いているし、イマドキの若い子に共感してもらえないかも」と苦笑いする。「だから、どう感じるか知りたい。少しずつ読み進めてほしい」

     ◇

 新年度がスタートする4月1日からは、加藤さんは作家兼地方公務員ではなくなる。3月末で、約30年間働いた盛岡市役所を退職する予定だ。

 「公務員の経験だけではなく、別の経験も積みたい。そのため、早めにセカンドキャリアに踏み出すことを決めた」とする。

 4月からは、これまでの行政経験を生かせる民間コンサル会社に勤務する予定で、作家との「両立」は変わらない。市職員の仕事を通じて若者の思いを投影した小説を書いたように、新たな経験を積みながら、文筆活動を続けていく。(西晃奈)

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません