コンセプトさえあればいい 常識を塗り替えた60~70年代美術

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田中ゑれ奈
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 作家が自らつくること、何かを表現すること、物体であること――。美術のあらゆる常識を疑う国際的なムーブメントは、20世紀後半の美術シーンを塗り替えた。1960~70年代の、ミニマル・アートとそこから派生したコンセプチュアル・アートの動向をたどる展覧会が、神戸市兵庫県立美術館で開かれている。

 市販の蛍光灯や金属板、骨組みだけの立方体を幾何学的に並べただけ。60年代のアメリカで現れたミニマル・アートは、それまで自明とされていた作家の表現性や直観、手仕事の跡を、美術作品から排除した。作品は一人の天才的作家が生んだ代替不可能な存在ではなく、無機質な工業製品と大差ない「モノ」として、展示空間に鎮座するようになった。

 ミニマル・アートの潮流をいち早くヨーロッパに紹介したのが、ドイツのギャラリスト、ドロテ&コンラート・フィッシャー夫妻だ。2人が67年に開いたギャラリーにはミニマル・アートやコンセプチュアル・アートの作家が多く集まり、実験的な試みを展開した。今展では夫妻が関わった18作家の作品とあわせて、彼らの手紙や制作指示書といった資料も紹介している。

 96年に没した夫コンラートの追悼にカール・アンドレが制作した「雲と結晶/鉛、身体、悲嘆、歌」は、最小限の要素を組み替えて多様な様相を提示するミニマル・アートの特徴をよく示す。144個×2セットの鉛の立方体を、一方は12×12の正方形に、一方はランダムに床に並べる。立方体の配置は物質の状態変化の暗喩で、「身体」「悲嘆」「歌」はそれぞれ、ドイツ語の「鉛(Blei)」のつづりの組み替えから導かれている。

 ミニマル・アートでは、モノとしての作品があくまでも重視された。それに対し、コンセプチュアル・アートにとっては作家の頭の中にあるアイデアやコンセプト(概念)こそが重要で、物質性はしばしば二の次となった。

 たとえば、毎日の自分の起床…

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