「しなう」に宿る万葉びとの死生観 国文学者・中西進さんに聞く
いまから1300年ほど前に編まれた万葉集。当時の人びとの喜怒哀楽を写し取ったことばは、いまを生きる私たちへの「贈りもの」でもあります。国文学者の中西進さん(92)に、万葉のことばを手がかりにして、広く日本文化の基層にあるものを語ってもらいました。
「木の枝がしなう」といったように、柔軟さを感じさせる「しなう」ということば。万葉びとの死生観も映しているようです。
「あの人は、所作がしなやかだね」と聞いたら、立ち居振る舞いの上品な女性の姿を思い浮かべるのではないでしょうか。でも、その認識は必ずしも正しいものではありません。
いえ、昨今のジェンダー平等の観点からそう言うのではなく、万葉の時代には「しなやか」のもとになった「しなう」ということばは、男性の美しさをたたえるのにも使われたからです。
立ちしなふ君が姿を忘れず
は世の限りにや恋ひ渡りな
む
(しなやかなあなたのお姿を忘れずに、生きている限り恋い続けるでしょうか)
この歌は、大原今城(おおはらのいまき)という当時の官僚が、官命で赴任していた上総国(かずさのくに)(いまの千葉県)を離れて都へ戻ろうとする際、土地の女性から贈られたものです。
今城の「立ちしなう」姿がすてきだとほめているのですが、なよなよとした物腰だったわけではないでしょう。みずみずしい木の枝を曲げようとしても、手を放せばたちまち元に戻るように、柔軟な力強さを備えている様子を言い表したのですね。
「しなう(しなふ)」という…