「さらばセノハチ」名脇役が引退 「西の箱根」で日本支えた機関車

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大久保貴裕
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 急勾配の坂があり、国内屈指の鉄道の難所として知られる広島県のJR山陽線瀬野―八本松間(通称セノハチ)で旧国鉄時代から活躍してきた名脇役が3月29日、引退した。そのままでは坂を上がれない貨物列車を後ろから押す専用の補助機関車(補機)だ。

 JR貨物は「日本の大動脈を陰で支えた功績は大きい」として保存し、イベントなどで一般公開する。

 29日午後2時過ぎ、JR貨物広島貨物ターミナル駅(広島市南区)。最後の仕事に臨む補機の「EF67形」が、福岡貨物ターミナル駅から群馬県の倉賀野駅に向かう貨物列車の最後尾に増結された。多くの鉄道ファンがカメラを構えるなか、約30キロ離れた西条駅(広島県東広島市)までの間、重さ約800トンの貨車16両を後ろから押し続けた。

明治以来、欠かせぬ「補機」

 この区間にあるセノハチは、10キロの間に高さが約200メートル上がる急坂だ。通常の機関車1台の牽引(けんいん)力では安全に越えることができないため、明治時代の開業以来、貨物・旅客列車とも補機が使われてきた。

 電車の動力が向上した現在は一般の旅客列車に補機を付ける必要はなくなったが、セノハチを1日あたり約30本通過する上り貨物列車は重いため、補機を増結することで対応している。日常的に補機に頼っている区間はいま、全国でセノハチだけだ。

 EF67形は1982年に当時の国鉄がセノハチ専用として投入した。広島ゆかりの赤と黄の「モミジ色」の車体で親しまれてきた。

 前の連結部は上り坂で貨車の重みがのしかかってきても耐えられる特殊な形状になっている。坂を上り終えた後、走行したまま貨車と切り離すことで時間を短縮できる機能も備えていた。

冷房なし「運転難しいが、楽しかった」

 EF67形はこれまで8両が…

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