被爆前の広島の日常を描く、「恋バナ」も聞き取り 美大の卒業制作

岡田将平
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 繁華街の流川には毎晩たくさんの夜店が出て、にぎわっていた。京橋川では、子どもたちが手長エビを捕った。あちこちにビリヤード場があった。タブレット端末を使って描いた優しいタッチの絵と証言で伝えるのは、戦前や戦中の広島市の日常だ。

 3月に武蔵野美術大(東京都)を卒業した辰上(たつがみ)奈穂子さん(22)が、昨夏から卒業制作として取り組み、冊子にまとめた。

 資料を集め、市中心部の詳細な地図も作り上げた。映画館や銀行、商店が集まる地区の一角にはこう記した。「戦前の我が家 洋品店」。亡き祖父らが住んでいた場所で、自身もそのそばで育った。

 のんびりとした空気が流れる地方都市・広島は、平和を願う被爆地・ヒロシマとしても語られる。同じ街だが、二つの広島にどこか違和感を感じていた。だから、卒業制作では当初、「平和」ではない面で故郷を良くしたいと思い、「新しい観光名所をつくりたい」と構想していた。

 だが、いざ広島の街に向き合うと、どの場所にも被爆の記憶が染みついている。「それをなかったことにはできない」と悩んでいる時、被爆前の広島のことを調べている人たちと知り合い、「当時どんな人たちが生きていたか知りたい」と思うようになった。

 90代の3人を中心に話を聞き取った。大おばが語ったのは恋バナ(恋の話)だ。「幼なじみの子とお付き合いしとった。夜になると待ち合わせて散歩しとった」。「昔」のイメージと違った。今の街を歩き、「ここを2人が歩いていたのかな」と想像する。

 制作を通し、この街の歴史は地続きで1本につながった。「77年前以前の暮らしがあって、原爆が落とされて、その後も人々は暮らし、私に続いてきた」。そこにいつもいたのは、誰かにとって大切な人たちで、自分もその一人。そう実感できた。(岡田将平)

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 大学では「基礎デザイン学科」に所属。卒業制作でつくった冊子「いつかあなたにつながるまち」は平和記念資料館情報資料室に寄贈し、同室で閲覧もできる。4月からは百貨店に就職し、静岡県で働く。