取材応じた90歳、「ずっと待っていました」 あさま山荘事件50年

有料会員記事

東京社会部・鶴信吾
[PR]

 「あさま山荘事件」の発生から50年にあたり、当時の関係者を取材した。長野県軽井沢町の保養施設に過激派グループ「連合赤軍」が人質をとって立てこもり、警察官ら3人を殺害した事件だ。

 感じたのは、半世紀も前の事件を取材する難しさだった。

 「亡くなりました」「もう覚えていません」。現場で指揮した警察関係者らに話を聞きたいと思ったが、ようやく連絡先が分かっても、亡くなっていたり、認知症を理由に取材を断られたりした。

 電話番号が分かった住民への事前の取材依頼も、すべて断られた。

 理由の一つに、事件で迷惑を被ったことがある。普段は自宅に鍵をかけることがないほどの、のどかな集落。事件で日常生活が壊されたことは想像に難くない。「もう思い出したくもない」と言われることもあった。

 そんな中、不思議な縁を感じる出会いがあった。現場近くの集落で聞き込みをしたときのことだ。電話取材に限界を感じ、現地を訪れたもののあてはなかった。だが、数軒で取材が空振りに終わった後、ある家を訪ねると、意外な答えが返ってきた。

 「朝日新聞さんが来るのを…

この記事は有料会員記事です。残り376文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【無料会員限定】スタンダードコース(月額1,980円)が3カ月間月額100円!詳しくはこちら