農家民泊を準備する芳沢郁哉さん 移住者呼び込み村づくりを

小田健司
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 「これが集落の田んぼの分布図だよ」「4月からお願いするのは、田んぼ8カ所の水の管理ね」

 まだ所々に雪が残る3月下旬。近くの川を流れる雪解け水の音が心地よく響く福井県永平寺町東部にある吉峰集落を訪ねると、地元の男性が“新入り住民”の芳沢郁哉さん(29)に優しい口調で説明していた。

 空き家が増えて高齢者ばかりの集落。コロナ禍さなかの昨年8月、母方の祖母を頼って移り住んだ。今は、祖母と同居する古民家の母屋を使った「農家民泊」の準備を着々と進めている。

 同県鯖江市出身。ともに教員の父と10歳離れた兄の影響で大学は教育系の学部に進んだものの、民間企業に就職し、東京都心で旅行会社とIT企業で計約4年働いた。だが、サラリーマン生活は長くは続かなかった。一昨年9月、夢だった日本一周旅行を決行したからだ。原付きバイク「スーパーカブ」で1年近く放浪し、約1万7千キロを走った。

 祖母と仲良しの芳沢さんは、当時からぼんやりと、かやぶき屋根をトタンで覆った築約140年の母屋を残して宿にしたいという構想を持っていた。親族を見渡しても、自分がやらなければこの古民家は存続しないだろうという「使命感」もあった。

 「祖母も賛成してくれて、改修しても構わないと言ってくれたんです」

 旅の間に、宿は農家民宿の方向に定まった。そこには、養鶏や野菜など日本中で出会った農家の生きる姿から受けた影響があった。

 都会生活は好きだったが、給料はなかなか上がらない世の中だ。パンデミックにも突入し、将来への不安が一層強まるこの時代。旅は自分の今後をじっくり考える時間になり、今はもう、迷いもない。

 「田舎には田舎のいいところがあります。自分の力で住居と食料、水を確保できる生き方が魅力的だと思います」。中途半端に都市部と近く便利さの残る場所よりも、吉峰集落のような「徹底的な田舎」だったからこそ、移住を決断できたのだという。

 昨年12月からは同県敦賀市養鶏場に住み込み、養鶏技術を一から学んでいる。4月以降も別の養鶏場で研修を続けるが、並行して吉峰集落に鶏舎を建てたり畑を作ったり、母屋の改修を進めたりと、やらなければならないことが山ほどある。売却話もあったのに断ってくれた高齢の祖母に、元気なうちに古民家の将来像を見てもらおうと、かけずり回る。実際に宿泊客を呼べるのは今年9月以降になる見通しだ。

 古民家を残したいという気持ちをきっかけに行動を起こしたが、高齢者がほとんどの集落へ実際に移住した今は、さらに夢が広がっている。「村全体を作ることに興味を持つようになりました」

 何もしなければ、いずれ集落は消滅の危険にさらされるだろう。幸い、無料で使わせてもらえそうな空き家が点在する。そうした空き家を、移住予定者たちが簡単に短期間でも住めるシェアハウスに活用する計画を温める。

 「農家民泊やシェアハウスで、この集落を人の交流を生み出す場所にするのが夢です。まずは、1組目の移住者の呼び込みを目指しています」

 日本一周の旅で出会ったパートナーとともに、地域を盛り上げていきたいと思っている。(小田健司)