「職人のこだわりはいらない」 グラブ作りの名人が挑んだ大リーグ旅

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安藤嘉浩

 「グラブ作りの名人」と呼ばれた坪田信義さんは、スポーツメーカー「ミズノ」で約60年にわたって製作に携わり、イチロー、松井秀喜両氏をはじめ多くの選手のプレーを支えた。半世紀前に米国に渡って、野球の母国をざわつかせた職人さんでもある。

 坪田さんは1933年に大阪府内で生まれ、15歳の48年春にミズノ入社。当初はバッグ類の製造にも携わったが、40歳でグラブ専任になった。98年に労働省(現厚生労働省)の「現代の名工」に選ばれ、2000年には黄綬褒章を受章している。

 「イチローさんは柔らかく、軽く、指が開く」「松井さんは芯は硬く、軽く、指は閉じる」。坪田さんの工房や自宅にお邪魔し、何度となく製作の魅力や苦労話を聞かせてもらった。

 「私らの先生は、選手です。一人一人の希望を形にするのが仕事ですから。職人のこだわりなんていらない。自分の意見を押しつけたら、あかんのです」

 それは、若いころの経験に根ざす考え方だった。

 坪田さんが入社した当時は…

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