旧大川小の校歌つくった曽祖父 小学校教諭のひ孫が心に刻むフレーズ

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三井新
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 東日本大震災の津波で多くの子どもが犠牲になった宮城県石巻市の旧大川小学校の校歌を作詞したのは、ひいおじいちゃんだった。亡くなった後にそれを知った女性がこの春、県内の小学校教諭になった。「防災教育に力を入れたい」と話す。

 仙台大学(柴田町)を3月に卒業した三島汐里(しおり)さん(22)。「大変なことがたくさんあると思うけど、ずっと初心を忘れずにいたい」と意気込む。

 三島さんの曽祖父、富田博さんは県内で長く教諭として働き、23の小中学校の校歌を作詞した。2011年の震災後、旧大川小で児童や教職員計84人が犠牲・行方不明になり、ひどく落ち込んでいたという。

 三島さんは震災当時、小学5年生。曽祖父と旧大川小のつながりを知らず、心が沈んでいる理由も考えないまま時間は過ぎた。曽祖父は14年に95歳で亡くなった。

「想像を絶する場所だった」

 教員を目指して大学に入学し…

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