本屋大賞の逢坂冬馬さん「絶望することはやめる」ロシアへの思い語る

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 第19回本屋大賞をデビュー作「同志少女よ、敵を撃て」(早川書房)で受賞した逢坂冬馬さんのスピーチ全文は以下の通り。

 本作につきましては、出版前からゲラで感想をいただき、多くの書店員のみなさまに愛されていると実感することの多い作品でした。このような素晴らしい賞をデビュー作にもかかわらず授けていただき、ほんとうに感謝の気持ちで胸がいっぱいです。ありがとうございました。

 一方で、私の心はロシアによるウクライナ侵略が始まった2月24日以降、深い絶望の淵にあります。ナチスによるポーランド侵攻、あるいは満州事変に匹敵するむき出しの覇権主義による戦争が始まったとき、私はこの無意味な戦争でウクライナの市民、兵士、あるいはロシアの兵士が、どれだけ亡くなっていくのだろうと考え、私自身が書いた小説の主人公セラフィマがこの光景を見たらどう思うのだろうと考え、悲嘆にくれました。小説の中で情熱を傾けたロシアという国名に対して一体何を思うべきなのか、終始考え続けました。

 先日、それを再度考え直すきっかけがありました。ロシア国営放送に籍を置いていたジャンナ・アガラコワさんはパリ特派員として働いていましたが、この戦争をきっかけに自ら職を辞されることを表明しました。国境なき記者団の会見で、アガラコワさんはこのように述べています。「独立系メディアは日々、国による統制を強められつつある。ロシア国営放送は放送の中にただ一人の権力者とその周辺の人物しか映していない」。そのように述べた中で、自らの属していたロシア国営放送をこのように総括しました。「我々の放送の中にロシアはいない」

 私はこの見解をおおむねその通りだと思う一方で、では日本、あるいは欧米の放送の中にアガラコワさんのいわんとしているロシアはいるのだろうかと考えました。ロシアと、欧米や日本のメディアは、ロシアというものを非常に対照的に描き出しています。それはあたかも鏡に映った実体と虚像のように、きわめて対照的でありながら、映そうとしているものは共通しているようにも思えます。プーチン大統領やラブロフ(外相)や、あるいは軍隊、オリガルヒ(新興財閥)といったものを、ロシアの表象として描き出し、どう評価するか。確かに対照性がある一方で、映されないものは共通している。そのように考えたとき、日本のメディアの中にもなかなかアガラコワさんの言おうとしたロシアを見つけるのは難しいように思われました。しかしながら、ロシアと違い、幸いにしてニュースに耳をよく傾けたとき、プーチンではないロシア、というものを、ほんとうに少しながらその姿を見いだすことができることに気づきました。

 ですから私はアガラコワさんの立場を支持するとともに、ロシアの尊敬される作家であり、開戦に際していち早く戦争という絶対悪をやめよという声明を独立系のラジオ「モスクワのこだま」で発表されたドミートリー・ブィコフさんの立場を支持し、あるいは1945年にレニングラードで生まれ、反戦運動に参加して警察に拘束されたアーティストのエレナ・オシポワさんの立場を支持し、あるいは国連気候変動会議において、自らの立場を省みず戦争を防げなかったロシア人としての謝罪を表明されたオレグ・アニシモフ博士の立場を支持し、あるいは戦争反対と書かれたカードを持って、花束をウクライナ大使館に届けようとして逮捕された小学生の子どもたちの立場を支持したいと思います。同様に、戦争に反対する運動に加わったことによって、これまでに拘束された1万5千人以上のロシアの人々と、戦争反対の署名に自らの名を書き連ねた100万人以上のロシアの人たちを支持し、ロシアという国名を聞くたびに、私はその人たちのことを考えたい、そう思うようになりました。

 一方でそれらが依然として小さい声であることに変わりはありません。支持率や世論調査といった大づかみな数字だけを目にすれば、相変わらずプーチン政権は盤石であるし、それによって、この虐殺を含むひどい侵略戦争について、ロシア国民が一体となって支持しているようにも見えるでしょう。しかしいまロシアのメディアが置かれた状況を考えれば、プロパガンダと報道は完全に一体化しています。そこに展開される報道は多分に国民にとって心地の良い物語なわけです。自らの軍隊は虐殺とも拉致ともまったく無縁の清らかな存在であり、自国民保護のために勇ましく戦っている、と。そのような欺瞞(ぎまん)に背を向け、長期拘束の危険をおかし、あるいは最悪の場合、戦地に行かされる可能性があるにもかかわらず立ち上がった人たちのことを私はロシアととらえたいし、その小さな声に耳を傾け、忘れないようにしながら、その声をできるだけ増幅させていきたい。そのように考えています。

 今回、副賞として10万円分の図書券をいただきました。ありがたいことなので本をたくさん買いますが、いただいた10万円分、ロシアで反戦運動のために立ち上がった人たちに使わせていただきたいと思います。ロシアの人権擁護団体である「OVDインフォ」は、アメリカを起点とするクラウドファンディングのプラットフォーム「グローバル・ギヴィング」によって、ロシアでの反戦活動により拘束された人たちの法的支援を行っています。細かい計算が面倒くさいので、1千ドルにしてお送りします。

 戦争というものは、始めるのが非常に簡単だと今回も立証されてしまいました。非現実的で希望に満ちた意思決定のプロセスと強大な権力があれば、すぐにでも戦争を始めることが可能です。しかしながら平和構築は誰かに命令されてすぐさまできるようなものではありません。だからこそ、戦時においても、また平時においても、平和を望む人たちは、平和構築のためのプロセスに可能な限り参加し、それぞれの市民というレイヤーの中で、お互いに信頼を勝ち取っていかなければなりません。

 私の描いた主人公セラフィマがこのロシアを見たならば、悲しみはしてもおそらく絶望はしないのだと思います。彼女はただ一人、あるいは傍らにいる誰かと町に出て、自分が必要とされていると思ったことをするのだと思います。なので私も、絶望することはやめます。戦争に反対し、平和構築のための努力をします。それは小説を書く上でも、それ以外の場面でも、変わりはありません。

     ◇

 「同志少女よ、敵を撃て」の本屋大賞発表直後、著者の逢坂冬馬さんが記者会見に臨んだ。一問一答は次の通り。

――受賞作は刊行後から評判を…

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    上原佳久
    (朝日新聞記者=文化、文芸)
    2022年4月11日15時43分 投稿

    【視点】逢坂冬馬さんの本屋大賞の受賞スピーチに感銘を受けました。SNS上でも反響が広がっているようです。 「この虐殺を含むひどい侵略戦争について、ロシア国民が一体となって支持しているようにも見えるでしょう。しかし(中略)欺瞞に背を向け、長期拘