継いだ直後に祖父は死去、借金700万円… 白いイチゴと抱いた夢

屋代良樹
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 米ニューヨーク市で3月、熊本県産イチゴをのせたチーズケーキが期間限定で販売された。イチゴを栽培したのは、会社勤めをやめて農業を始めた若手生産者。手がけたイチゴの魅力を世界に広め、農業の世界に若者を呼び込もうと取り組む。

 円いチーズケーキの上に、淡いピンク色のイチゴが丸ごと一粒。山の冠雪のようにホワイトチョコがかかる。鮮やかなグラデーションが食欲をそそる。

 ニューヨーク中心部のマンハッタン区にある人気店「エイリーンズ・スペシャル・チーズケーキ」で3月4~6日、3日間だけ販売された限定商品だ。300個が完売した。

 店の商品は米誌「Food(フード)&Wine(ワイン)」でベストチーズケーキとして紹介されたこともある。オーナーのホリー・マロニーさんは取材に「イベントは大成功で、お客さんは大満足してくれました」。今後も販売を検討しているという。

 ケーキに使われたイチゴは熊本県玉名市の森川竜典さん(35)が育てた。7年前から手がける「淡雪」と呼ばれる品種で、二つのハウス(計約4500平方メートル)で年約25トンを生産する。熊本県農業研究センターなどによると、淡雪は鹿児島県で誕生し、2013年に品種として登録された。主に九州や関東で栽培され、独特の見た目に加え、酸味が控えめで甘いことから、人気がある。

 森川さんは「恋みのり」と呼ばれる赤いイチゴも栽培しており、個人販売のほか、飲食店やホテルなどに卸している。「農業には可能性があります」と力を込める。

 熊本市出身。中学卒業後、同市の建設会社などに勤めた。幼い頃、イチゴなどの農園を営む祖父の家に行くと、いつも土で汚れた格好で働いていた。そんな記憶から、「きつくて稼げない」と、農業に良い印象を抱いていなかった。

 転機は「一人で何かをしたい」と独立を考えていた23歳のときだった。勤め先の建設会社の社長から「チャンスに気づいてトライする人は後悔しない」と言われた。家族の後押しもあり、2010年に会社を辞め、祖父の農園を継ごうと手伝いを始めた。

 近所の人を通じて、祖父が「孫が(農園を)するけん」と喜んでいたことを知った。しかし、祖父はその2カ月後に急病で亡くなった。経験も知識もほとんどなく、途方に暮れた。イチゴが思うように実らず、ハウスの苗に炭疽(たんそ)病が広がって大半を捨てたこともあった。1、2年目はほとんど収益がなく、借金は700万円を超えた。祖父と交流があった地元の農家を訪ね、水やりの量やハウスの温度管理、農業経営まで一から教えを受けた。

 3年目になり、イチゴが育つようになった。テレビ番組で知った白いイチゴに興味を持ち、「何かできるかもしれない」と40株の淡雪を仕入れて栽培すると、順調に育った。狙った味と大きさのイチゴができると達成感を感じた。経営は軌道に乗り、18年に農園を株式会社にした。イチゴ+αでより良いものを、との思いを込めて、社名を「イチゴラス」とした。

 会社員として営業をした経験も生かし、海外への販路拡大をめざした。商社を通してタイやマカオなどに輸出し、19年には米ロサンゼルスのスーパーでも販売を始めた。

 輸送料なども加わり、現地では1パック28ドルと高価な品になる。小売りに限界も感じた。自身のイチゴをより多くの人に知ってもらおうと、ニューヨークへの進出も図った。米国進出支援サービスの「Resobox(レゾボックス)」(ニューヨーク)の助言を得て、人気店と連携する戦略を立てた。こうして3月、限定商品のケーキの販売にこぎ着けた。森川さんは「機会があったら別の人気店とのコラボ商品も考えたい」と話す。

 森川さんの海外進出を知って、農業を志す若者が農園を訪れるようになり、そんな若者たちに自分の経験を教えている。「農業でできることはたくさんある。輸出やコラボを積極的に進めることで農業のイメージを変え、若者たちに職業の選択肢にしてほしい」(屋代良樹)