電話に出ない涌井秀章 英才教育でしくじった名将が発見したトリセツ

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安藤嘉浩
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 最多勝4度を誇る楽天の涌井秀章投手(35)。彼が横浜高校に入学してきたとき、監督(当時)の渡辺元智さん(77)は「(6歳上の)松坂大輔以来の大投手に育てよう」と意気込んだという。

 涌井は寡黙な男だった。松坂も我々の前では口数が少なかったが、グラウンドを離れればちゃめっ気もあった。他の部員からそういう様子を聞いていたから、根は明るい子だと安心できる面があった。

 ところが、涌井はいつも静かだった。マウンドで黙々と投げる印象が、ふだんの学校生活でも変わることはなかった。

 あれだけの好素材なので、我々の期待も大きかった。入学した時点では、松坂よりもずっとよかった。すぐにベンチ入りさせ、いわば英才教育を施すことにした。

 春季関東大会だから、5月後半だったと思う。ふと涌井のスパイクシューズを見たら、靴底の裏についている歯がすり減って、ほとんどない状態だった。

 ふだんから道具の手入れや管理についてはうるさく指導している。「こんなことで松坂のようなエースになれるわけがないだろ!」。私はめちゃくちゃ怒った。

 入学してまだ2カ月もたっていないのに、頭ごなしにガンガン叱られ、涌井はかなりショックを受けたようだ。以来、重い口が、さらに閉ざされてしまったように思う。なんにもしゃべらない。悔しさも悲しさも喜びも、表情に出てこない。

 ちょっと言い過ぎたかなと思った。選手のタイプや性格によって指導方法も変えなきゃいけないのに、自分もまだまだだと反省した記憶がある。

 それでも涌井は黙々と練習し、本来の能力を磨いていった。相変わらずコミュニケーションをとることは難しかったが、1学年上の成瀬善久(36)とともに2年春の選抜大会で準優勝の原動力になってくれた。

 2年夏が終わり、いよいよ自分たちが最高学年になった2003年の秋、私は涌井を再び怒鳴ってしまった。

 県大会3回戦の横浜隼人戦…

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    稲崎航一
    (朝日新聞編集委員=スポーツ、野球)
    2022年4月19日19時12分 投稿
    【視点】

    横浜高校の強さの秘密は、渡辺監督が選手の心を鍛え、小倉部長が技術面をたたき込むところにあった、と言われます。 では、渡辺監督は技術や采配に長けていないのかといえば、決してそうではありません。 2011年、夏の甲子園後に行われた18歳