客を亡くした温泉宿元店主がレストラン開業 遺族の伝言、戻った笑顔

有料会員記事熊本地震

長妻昭明
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 13日昼、熊本市のレストラン「gocoro」は常連客でにぎわっていた。この日のおすすめはチキンのピカタチーズ。テーブルには、熊本県南阿蘇村の野菜を使った料理が並んだ。「おいしかった」。そんな声に、店主の出野(いでの)靖雄さん(57)は笑みを浮かべた。「最近ようやく、心が穏やかになりました」。2度の震度7に見舞われた熊本地震から14日で6年。笑顔を取り戻すまでの月日は長かった。

熊本地震

2016年4月14日午後9時26分にM6・5の前震、16日午前1時25分にM7・3の本震が発生。観測史上初めて2度の震度7を記録した。死者は熊本、大分両県で276人(今年3月11日時点)に上り、震災後に亡くなった災害関連死が8割を占める。全半壊または一部損壊した住宅は約20万棟で、熊本県南阿蘇村では全長約200メートルの阿蘇大橋が崩落した。

 6年前まで出野さんは、南阿蘇村で温泉宿「ログ山荘火の鳥」を経営していた。2016年4月16日午前1時25分。大きな揺れが山荘を襲い、管理棟と客室用ログハウスが土砂に流された。客2人が泊まっていたが、地震の2時間前、近くの自宅に帰宅していた。

 「助かっていて欲しい」。地震の直後、山荘に駆けつけ、自衛隊や警察官と一緒に2人を捜した。

 祈りは届かず、18日に香川県東かがわ市の鳥居敬規さん(当時42)、19日にその妻が遺体で見つかった。2人は新婚旅行で南阿蘇を訪れていた。

 普段なら夜も山荘にいるのに、たまたま地震の直前に宿を離れたことに強い責任を感じた。「自分だけが助かってしまった」。このまま生きていて良いのか分からず、誰とも話したくなくて家に閉じこもった。

 地震から1週間後、香川県での2人の葬儀に車で7時間かけて向かった。控室で遺族と会ったが言葉が出ず、ひたすら頭を下げた。

 敬規さんの父政次さん(78)が、やつれていた出野さんに声をかけた。「天災やけん。誰も悪いわけではない。自分を責めたらいかん」。底引き網の漁師として、自然災害の怖さを誰よりも理解していた。

記事の後半では、自責の念を持ち続けた出野さんでしたが、政次さんからのある「伝言」をきっかけに、前を向いて歩き出し、笑顔を取り戻します。

 気持ちは少し楽になったが…

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