予備校に通わず薬学部合格 競輪を引退後「匿名の先生」に助けられて

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若松真平
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 2019年12月、橋本蒔子さんは松阪競輪場(三重県)でレースに出場していた。

 これが競輪選手としての「ラストラン」になることは、出走前からわかっていた。

 自分が先頭で風を切ってレースを作ってやる。

 たとえ落車しても最後まで走りきってやる、と思っていた。

    ◇

 序盤は後方につけていたが、誘導員が外れたタイミングで一気に先頭へ。

 必死にこいだが、次々とライバルたちにかわされていく。

 ゴールしたのは7人中7番目。

 走り終えてから自転車を降り、バンク(走路)に一礼すると、自然と涙が流れた。

 バンクを出ると、選手や競輪学校時代の仲間たちが花束と拍手で迎えてくれた。

 次々に「おつかれさま」と声をかけられ、寄せ書きやプレゼントを手渡されて、ようやく笑顔が戻った。

 悔しい結果になったが、後悔はない。

 今後の自分につながる走りができたから。

    ◇

 年をまたいで2020年1月、21歳の誕生日を迎えた直後に正式引退した。

 そして1カ月後には、中学時代の教科書を使って勉強を始めた。

 競輪の次に定めた目標は、大学に入ること。

 競輪選手としては一番になれなかったが、「違う人生では勝つ」と決めていた。

 ここから合格に向けての2カ年計画が始動。

 予備校に通わず、無料のオンライン講座やYouTube動画などを組み合わせた独自の勉強法を貫いた。

 中でも効果的だったのが、「…

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