失意の大阪、出会った運命の歌 天童よしみさんの「道頓堀人情」秘話

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聞き手 杢田光 聞き手・杢田光
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天童よしみさん②

 今年でデビュー50周年を迎える歌手の天童よしみさん。下積み時代の「どろんこキャンペーン」や「道頓堀人情」との出会いを語ります。

カッコええ東京で過酷な現実

 【「天才少女」の鳴り物入りでデビューしたのは、1972年。母と都内の高級住宅街、広尾のマンションで2人暮らしを始める】

 「芸能人がいっぱいいる」と聞いて、憧れたのが広尾です。東京はすべてがカッコええ。フランスパンを手に、「あしたのジョー」みたいな帽子をかぶり、化粧ケースを持って歩くと、憧れの歌手そのものでした。

 大阪・八尾の実家に残る父とは離れ離れでしたが、2週間に1ぺんくらいは必ず会いに来てくれました。金曜日の仕事終わりに、日産のサニークーペを運転してね。

 東京では、藤家虹二(ふじかこうじ)先生の「虹(にじ)プロ」という事務所にお世話になりました。藤家先生は、小学生のときに出た「ちびっこのどじまん」の審査員も務め、夏休みにはご自宅のレッスンにも呼んでくれました。

 ご自宅での合宿で、同じ2段ベッドで過ごした女の子がいたんです。「あの子はどうしているかな?」と気になっていたら、最近、ある人が私に打ち明けてきました。「よしみ、私覚えてる?」って。俳優の戸田恵子さんでした。野口五郎さんも「ちびっこのどじまん」で一緒でしたし、こうしてみんな芸能界で元気にやってこられて、うれしく思います。

 【デビュー2年目ごろから、レコードの売り上げが伸び悩む】

 大人たちから過酷な現実を突…

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