命にも、青春にもつけられぬ値段 コロナ対策からこぼれた若者の未来

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経済季評 一橋大准教授・竹内幹さん

 命に値段をつけるような事態があってはならない。だが、人々の選択の結果として、間接的に人命にも値段がつく。兵隊の命は召集令状の切手代「一銭五厘」にすぎないと言われた時もあれば、人の生命は地球より重いと首相が述べたこともある。

 人命優先か経済優先か。2年以上続く新型コロナ禍でも、世界中が悩んできた選択だ。

たけうち・かん 1974年生まれ。一橋大学准教授。米ミシガン大博士。研究テーマは実験経済学、行動経済学。

 社会が人命にどの程度の重きをおくかは経済活動を通して推計され、「統計的生命価値」と呼ばれる金額に置き換えられている。単純な例え話を考えよう。住宅火災で死亡する確率は10万分の1ほどである。それを防ぐ火災報知機の設置に、私たち一人ひとりが年間1千円の負担をいとわないとしよう。すると、「統計的に」1人の命を救うためのコストは、1千円×10万=1億円ということになる。しかし、年間5千円は払えないというなら、1人の命のために5億円は高すぎると間接的に判断したといえる。

 手法やデータによって推計結果は異なるが、先進諸国における1人の命の統計的価値は、おおむね数億円相当である。例えば、米国運輸省は統計的生命価値を1180万ドル(約15億円)と公表している。

 これは、目の前の人を救うのに15億円以上かかるなら諦めろという主張ではない。統計的生命価値とは、社会が人の命につけた値段を事後的に推計した数値にすぎない。

 2万9千人を超える犠牲者が出ているコロナ禍では、人命のために経済活動が抑えられ、職を失った人も多かった。協力金の規模からも、緊急事態宣言などによって、少なくとも数兆円規模の経済損失が発生したといえそうだ。ただ、その度に1万人の命を救えていたのならば、1人の命のために数億円を負担してきた従来の判断と整合的ではある。

 犠牲者の多くは高齢者だ。国立社会保障・人口問題研究所のまとめによれば、年代が公表された犠牲者の86%が70歳以上である。つまりコロナ禍では、若者や現役世代の様々な負担によって、主に高齢者の命を救っているのが特徴だ。実は、この割合は特に高いものではない。新型コロナ禍が生じる前の2019年には、日本で約138万人が亡くなっている。その85%は、そもそも70歳以上の高齢者だ。

 実験が困難な社会科学では、代わりに現実とは異なるシナリオである「反実仮想」を考えることが多い。様々な反実仮想を考えることは、目の前の現実を多面的に評価することにつながる。仮に緊急事態宣言を出さなかったら、何が起きたのか。そして、給付金などに充てた数十兆円を他の政策に向けていたら、何が得られたのだろうか。

 新規感染者数や死亡者数が毎…

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