「鎌倉時代の高野山」テーマ 高野山霊宝館で企画展

福田純也
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 「鎌倉時代高野山」をテーマにした企画展が高野山霊宝館(和歌山県高野町高野山)で開かれている。約800年前の承久の乱を描いた現存唯一とされる絵巻物など山内の寺社に伝わる文化財を通して、NHK大河ドラマ鎌倉殿の13人」で注目される時代と高野山の関わりに焦点を当てる。

 展示されるのは国宝3件、重要文化財11件を含む計63件81点。企画展は、前期(5月29日まで)と後期(5月31日~7月10日)で展示物を一部入れ替えて紹介する。

 主なものの一つが「承久記絵巻」(全6巻)。後鳥羽上皇が鎌倉幕府執権の北条義時を相手に起こした承久の乱(1221年)が、軍記「承久記」の文章と、合戦の様子などを描いた36の絵で記されている。いずれの巻も縦約32センチ、長さ約15メートル。江戸時代初期の作とされる。

 高野山内の寺院・龍光院が元々所有していた。1939年に京都市で展示された後、所在不明だったが、約80年ぶりに個人宅で発見された。2021年に京都文化博物館(京都市)で展示後、龍光院に寄贈され、元に戻ったという。

 展示は全6巻のうちの第2~4、6の計4巻。後鳥羽上皇の挙兵から隠岐への配流までの場面で、肖像画が残っていないとされる北条義時が描かれている場面の展示は、企画展の前期のみとなっている。

 霊宝館によると、源頼朝の死後、妻の北条政子の命で山内に金剛三昧院(こんごうさんまいいん)が建立され、幕府は山内で独自の勢力を保持。真言密教の教学興隆の役割を果たす経典「高野版」の出版、表参道の道しるべとして残る町石の建立には、有力御家人の安達泰盛が中心になって積極的に援助するなど高野山は幕府とも深いつながりがあったという。

 高野版を印刷するために彫った板木(重要文化財、金剛三昧院蔵)、町石完成時(1285年)に奉納されたとみられる幕府有力者の名が挙げられた「町石建立供養願文(がんもん)」(同、金剛峯寺蔵)も展示されている。

 研谷(とぎたに)昌志学芸員は「今につながる『鎌倉時代の高野山』を感じて楽しんでもらえたら」と話している。

 会期中無休。拝観料は一般1300円。高校・大学生800円。小・中学生600円。問い合わせは同館(0736・56・2029)。(福田純也)