第2回「ちゅらさん」から「ちむどんどん」へ 沖縄ことば担当者のこだわり

有料会員記事沖縄・本土復帰50年

真野啓太
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 NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」が始まった。米国統治時代の沖縄に生まれたヒロインが料理人を志す物語だ。

 ドラマの「沖縄ことば指導」を務めるのは藤木勇人さん(61)。20年前に大きな話題を呼んだ「ちゅらさん」でも劇中の言葉を監修した。

 ちゅらさんの登場人物が沖縄独特の言葉を使うときは、字幕での補足がしばしば入った。だが今作では序盤から、驚きや悲しみを表す「アキサミヨー」や、「アガッ(痛ッ)」といった言葉が、説明もなく多用される。

 「この20年で、沖縄の言葉が浸透してきたっていうことだと思います」

【第1回】投げつけられた差別語、そのとき若者たちは 沖縄生まれの歌人の驚き

沖縄の本土復帰から、今年で50年。沖縄と本土の関係性の変容とその行方を、さまざまな形で「しまくとぅば」(しまことば)に関わる人びとの姿から考える連載の第2回です。

 藤木さんの別名は「うちな~噺家(はなしか)・志ぃさー」。沖縄の歴史や文化を題材にした落語を「うちなーぐち」で披露してきた。那覇など沖縄島中南部で使われてきた言葉だ。うちなーぐちを関西弁と同じくらい普及させようと活動してきたが、もとから使いこなせたわけではない。

 1961年、沖縄島中部のコザ市(現・沖縄市)に生まれた。72年の本土復帰前、藤木さんの通った小学校では標準語を使うことが励行され、「方言しゃべる子は不良」が口癖の先生もいた。若い世代は、うちなーぐちを理解することはできても、話すことはできなくなりつつあった。

 故郷の言葉を見直したのは、86年に沖縄の伝統音楽と西洋音楽を融合させた「りんけんバンド」に参加してからだ。歌詞の大半を占めるうちなーぐちの、音にのりやすい不思議な魅力にとりつかれた。

 バンドを離れてからは、沖縄の言葉を生かした話芸や一人芝居へと軸足を移す。その活動がNHKスタッフの目にとまり「ちゅらさん」への参加が決まった。

 「ちゅらさん」を企画したプロデューサーは、今はNHKエンタープライズ常務を務める菅(かん)康弘さん(63)だった。「濃いホームドラマを作りたかった。ちゃぶ台を家族で囲む風景が平成でもなじみそうだったのが沖縄」。ただネックになったのが、言葉だった。

 沖縄を舞台にするからには地…

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