「沖縄は大変なんだね」でいいのか 地元・能登で考えた本土との距離

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 1972年5月15日、米軍統治下にあった沖縄は日本に復帰した。しかし、いまも沖縄には米軍基地が集中し、過度な負担を抱え続けている。基地によって得られる恩恵は国民が等しく受けているのであれば、ひとごとではないはずなのに「遠い」。そんな本土で悩み、迷いながらも、動き続けようとする人がいる。

 厨房(ちゅうぼう)で野菜の土を落とし、そばを打つ。囲炉裏に炭をくべ、客を迎える。石川県珠洲市の日本旅館で働く坂本菜の花さん(22)は日々、そんな日課をこなしながら、沖縄との「距離」を考え続けている。

記事の後半では、地元の石川県に戻った坂本さんが沖縄で暮らしていた時とのギャップの中で自分に何ができるか、自問を続けます。地元での生活になじむ中で見えてきた自分の役割について考えます。

 和歌山県の中学校を卒業後、2015年4月、沖縄県に移住した。那覇市のフリースクール「珊瑚舎スコーレ」(現在は南城市)に3年間通い、その日々を出身地である石川県の地元紙で連載した。本土から来た少女が沖縄で感じた率直な思いをつづると、著書「菜の花の沖縄日記」として出版され、ドキュメンタリー映画にもなった。

 沖縄にいる頃、米軍に関する…

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