「戦争体験語り継ぐ責務」 霧島市で特攻慰霊の集い

中島健
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 太平洋戦争末期、海軍特別攻撃隊の基地があった鹿児島県霧島市で22日、出撃して死亡した計427人の隊員を慰霊する催しが開かれた。

 市によると、現在の自衛隊国分駐屯地周辺と鹿児島空港周辺に二つの基地があった。慰霊の催しは、最も多くの隊員が出撃して戦死したとされる1945年4月22日に合わせ、駐屯地そばの「特攻機発進之地」の碑と旧溝辺町の溝辺上床公園にある慰霊碑前で、従来より規模を縮小して催された。

 上床公園の「慰霊の集い」では、市立陵南中学3年の下鶴晴翔(はると)さん(14)が、出撃前に終戦を迎えた元特攻隊員の曽祖父から、「隊員として名前を呼ばれたときに体がガタガタ震えた」ことや「戦争は絶対に繰り返してはならない」と聞いたことを紹介。学校の平和学習で戦跡を巡り、「身近に確かに戦争があったことを実感した」と語り、「戦争が起きることは絶対に阻止しないといけない。戦争犠牲者の遺族の思いを語り継ぐことが私たちの責務だ」と、戦争体験の継承を誓った。

 終戦の年に生まれ、直後に兄(当時23)が出撃し、亡くなったという遺族会会長の中島富士子さん(77)=福岡市東区=は「戦争を知らない世代が増え、子や孫に継承できるよう協力していきたい」と話した。(中島健)