「それでも」生きていく人を描く 上橋菜穂子さんの新作「香君」

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聞き手・松本紗知
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 「守(も)り人」シリーズ、「獣の奏者」「鹿の王」と、数々のファンタジーを生んできた上橋菜穂子さん(59)が、また一つ、新たな世界を作り上げた。

 長編小説としては「鹿の王 水底の橋」から3年ぶり、新たな物語としては7年ぶりとなる新刊「香君(こうくん)」(文芸春秋)は、人並み外れた嗅覚(きゅうかく)で、植物や昆虫たちの香りのコミュニケーションを感じ取る少女アイシャが主人公。国を支える「奇跡の稲」に深刻な虫害が発生し、この稲に秘められた謎と向き合っていく主人公たちを描く。

「ウマール帝国」は、香りで万象を知るという「香君」の庇護(ひご)のもと、奇跡の稲「オアレ稲」によって繁栄してきた。あるとき不思議な虫害が発生し、帝国はすさまじい食糧危機に見舞われる。

 ――今作が生まれたきっかけについて、あとがきに「随分長いこと、植物に関わる物語を書きたいな、と、ぼんやり思っていました」とあります。なぜ植物を書きたいと。

 植物は生まれ落ちたところから動かずに生きていて、声を発することもない、静かで遠い他者のような気がしていたせいか、どうも物語に成ってくれませんでした。

 ところが、数年前、立て続けに数冊の本に出合い、植物が、他の植物や、虫や微生物など、さまざまな生物と、香りなどの化学物質を通して巧妙なやりとりをしていることを知ったのです。

 私が植物を「静かで遠い、受け身の存在」だと思っていたのは、単に私が、彼らのやりとりに気付いていなかっただけで、実際は、植物の世界は、思っていたよりずっとにぎやかなのだと知って、わくわくしました。

 「香り」によって結ばれて、動いているネットワークがある。それを生まれたときから感じている人がいたとしたら、その人が見ている世界は、とても豊かで、でも、その人はとても孤独だろうな、と思いました。その人が感じているのと同じようには、他の人は世界を感じていないのですから。

 そういう思いと、それまで心の中に溜(た)まっていたさまざまが合わさったせいでしょうか。あるとき、ふいに、高い石造りの塔と、その塔の中に立っている少女の姿が頭の中に浮かんできたのです。

 塔の中は暗く冷たい。でも、開いた窓の向こうには明るい春の大地が広がっていて、彼女は、吹いてくる春風の香りの中に、生き物たちの営みを感じている。そんな光景が浮かんだとき、「香君」というタイトルも頭に浮かびました。

 ――そのほかにも、物語を書き始める前に浮かんでいたイメージはありましたか。

 オアレ稲のイメージは浮かんでいましたね。優れた一つの作物によって、ある社会が支えられているけれど、それがなくなったとき、どうなるだろう、ということや、香りと植物の関わり、虫も関わってくるだろうということは頭に浮かんでいました。

「リタラン」が何だか分かっていなかった

 ――書いていくなかで、「予想外の展開になった」と思うようなことはありましたか。

 私は物語を書き始める前にプ…

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