母奪った関越道バス事故から10年 白バイ隊員になった今、伝えたい

吉村駿
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 「事故はまだ昨日のことのようです」。群馬県内の関越自動車道で発生し、乗客7人が死亡した高速ツアーバス事故から29日で10年が経った。

 事故で母を亡くした山瀬俊貴さん(29)は当時19歳の大学生だった。今は、群馬県警交通機動隊で白バイ隊員を務めている。29日早朝、スーツ姿で事故現場を訪れ、亡き母に思いをはせた。

 母の直美さん(当時44)と最後に会ったのは、事故の1カ月前だった。

 地元の石川県を離れ、岐阜県内で一人暮らしをしていた山瀬さん宅に、直美さんが手料理を持ってきてくれた。直美さんは料理好きで「料理中の後ろ姿を、今でもふと思い出すんですよね」と話す。

 山瀬さんは小学生から野球一筋で、大学卒業後はスポーツ関係の仕事に就こうと考えていた。だが、2年生の時に母を失い、頭は真っ白になった。

 その時、群馬県警の職員が山瀬さんら遺族に心を込めて接してくれた。「自分も人の気持ちに寄り添える警察官になりたい」と思うようになった。

 2015年、その群馬県で警察官に。交番勤務や留置場での勤務を経て、19年に白バイ隊員になった。結婚し、直美さんの孫にあたる娘も生まれた。「たった一つの命の大切さ、奇跡を改めて感じています」

 交通事故防止への思いは強く、日々の取り締まりにも力がこもる。

 ただ、素直に違反を認める運転手ばかりではないという。「俺が事故るわけないだろ」「急いでいるんだよ」。車を止めた運転手と接するのは長いときで20分。違反の取り締まりだけでなく、「どんな言葉なら運転手の心に届き、大事な命を守れるか」を模索する日々だ。

 10年が経ち、改めて母に伝えたいことがある。

 「お母さん、目標は人の気持ちに寄り添い、信頼される警察官です。娘も大きくなってきたよ。これからも僕らを見守ってくださいね」(吉村駿)