日本の「いいこと」伝えたい フィリピンから来日、介護福祉士目指す

篠原大輔
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 つらいとき、困ったときには心の中で「頑張ります!」と言ってみる。もちろん日本語で。そうすると心が落ち着いて、次の行動に移れるそうだ。

 フィリピン人のエルフレド・ボルダド・アバレーさん(29)は現在、奈良県立宇陀高校専攻科介護福祉科(2年制)で学んでいる。ニックネームは「フレド」。来年1月の国家試験に合格し、3月に全課程を修了すれば、日本で介護福祉士として働ける。

 昨年4月、県立榛生昇陽高校に専攻科の介護福祉科が新設。高校卒業の資格を持つ人が対象で、外国人も受け入れた。フレドさんは1期生としてタイと中国からの計9人の留学生、そして日本の4人とともに入学した。専攻科は、この4月に開校した宇陀高校に引き継がれた。

 フィリピン中部のマスバテ島で生まれ育った。日本語学校に通ったあと、2014年に日本の段ボール製造会社の実習生として神奈川県伊勢原市へ。仕事はつらかったが、給料の良さには驚いた。給料日のたび、ほとんどを両親に送った。日本へ行くに当たって、そう約束していた。

 日本では赤信号で歩行者が必ず止まること、それからバスが時刻表通りに来るのにはビックリした。

 17年に帰国して、日本語学校の人事課で働いたり、自分自身が教えたり。18年4月に日本の精密機器会社の現地法人で翻訳の仕事を始めた。「専門用語が多くて苦労しました。でも日本人のマネジャーが優しくて、すごく丁寧に教えてくれました。また日本に行きたいなと思い始めました」

フィリピンに戻ってかなえたい夢

 19年になり、日本の高校に入って介護福祉士になれるコースがあると聞き、やってみることにした。ただ、介護の現場は清潔ではなく、利用者は怒りっぽい人が多いんじゃないかという勝手なイメージを持っていた。

 20年12月に2度目の来日。そして昨春、高校で学び、宇陀市内の介護施設で週に28時間のアルバイトをする日々が始まった。

 イメージとはまったく逆だった。日本で接する人たちはみな優しく、施設内は驚くほど清潔だった。介護福祉士としてのきめ細かなサービスのほかにも、外食に行ったら店の人が片づけやすいように食器を重ねて帰るといった、フィリピンでは教わらなかったマナーを知った。「日本で知った『いいこと』はすべて、いつかフィリピンの人たちに伝えたいです」

 母国には愛する女性と2歳の女の子を置いてきている。女性とは17年に出会い、将来結婚しようと誓った。「(彼女は)優しいし、しっかりしたビジョンを持ってます。フィリピンでエンジニア志望の人のための専門学校を作りたい。いつかそれを一緒にかなえます。私の夢は人を支えることだけですから」。フレドさんの笑顔には、何ともいえない包容力がある。

 来年1月にある介護福祉士の国家試験がフレドさんの目下の最大目標だ。「模擬試験を受けたら、あと少し足りない。勉強、頑張ります」。目標を達成して春になったら、1週間ほどフィリピンへ戻るつもりだ。彼女と結婚して、二人を日本に連れてくるために。(篠原大輔)