浜岡原発停止11年 3人の元市長が振り返る「あの時」と「その後」

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長谷川智
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 静岡県浜岡原発が停止して今月で11年になる。地元首長は何を考え、どう行動したのか。市全域が31キロ圏内にあって、再稼働には慎重な姿勢を維持し、いずれも昨年退任した掛川、袋井、菊川の3市の前市長に聞いた。共通しているのは、国のエネルギー政策への強い不満だ。

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 3人は掛川市の松井三郎(75)、袋井市の原田英之(79)、菊川市の太田順一(72)。3人とも原発は安全だと信じていた。

 東日本大震災のあった2011年3月11日、松井は市議会の最中。異様な揺れに「脳こうそくかな」と思い、隣の副市長に確かめた。5月6日夜、首相の菅直人が浜岡原発の運転停止要請を突然発表した。浜岡原発が立地し交付金や固定資産税の経済的恩恵がある御前崎市以外は、原発に厳しい視線を投げかけるようになった。

 福島第1原発の事故に原田は「裏切られた。怒りを感じた」という。松井は発表後に原子力安全・保安院から連絡を受けた。「当然、発表前に連絡があるべきだ。『中部電力が停止しないと言ったらどうなるんだ』と聞き返したら、『国に権限はない』と言っていた」と振り返る。

 太田はしばらくして車で職員と福島県に視察に行った。「夜に出て翌日帰る強行軍だったが、現地はとにかく混乱していた。津波の被害の大きさに驚いた」と回想する。

 毎年実施してきた市民の意識調査で、掛川市は13年から、菊川市は14年から、再稼働の是非を質問に加えた。最初は6割程度が否定的だった。松井は「予想通りだった。市民の意向を把握していることはその後の対応に役立った。最近は安全対策の成果もあって慎重意見が減っているが、これも想定内だった」、太田は「市民の冷静な判断だと感じた。在任中は再稼働できる状況にはないと思っていた」という。

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