ドッキリの特番減る? 「痛みを伴う笑い」改善提言は現場を変えるか
「痛みを伴うことを笑いの対象とする」バラエティー番組は「青少年の共感性の発達や人間観に望ましくない影響を与える可能性がある」――。放送倫理や番組の向上について放送局に意見する第三者機関、放送倫理・番組向上機構(BPO)の青少年委員会が4月、こんな見解を発表した。何が問題とされたのか、これからの「笑い」をどう考えたらいいのか。戸惑いながらも適応を模索する制作現場や芸人たちに受け止めを聞いた。
「たたくのがツッコミやもんな。なかなか……」
スリッパなどの小道具で頭や体をたたくツッコミが定番の吉本新喜劇。ゼネラルマネジャーの間寛平さん(72)は、4月にBPOの見解が公表された後の会見で、こうしたツッコミがいじめに見えるという意見もあるがと記者から問われ、思案した。
新喜劇や漫才では、ボケにツッコむという笑いを引き起こすやりとりの中に、手で「どつく」、道具でたたくといった痛みを与えうる行為が様式として組み込まれている。実際には痛くないよう、小道具には工夫をしているといい、会見に同席した別の芸人も「音が鳴るだけで、別に痛くない」と明かした。
それでも間さんは「でも、お客さんが見た時にいじめに見える。『キツいなあ』とかいうもん、うちの家族も」と理解を示し「わかる」「考えなあかん」と繰り返した。
過去にも2度指摘 「しりとり侍」は姿消す
こうした「痛みを伴う行為」で笑いをとることの是非は以前から議論があった。ただ、新喜劇のツッコミは演目全体の流れの一部分であり、一人が一方的に暴行を受け続けたり、その場面だけが切り出されて見られたりするわけではなく、何より「劇」の一部だ。しかし、本当に痛がったり嫌がったりしているようなリアリティーが演出の一部にもなるテレビ番組にはこれまでも繰り返し「警告」が与えられてきた。
BPO青少年委は、青少年が視聴するには問題があると視聴者から意見が寄せられた番組などについて話し合い、必要に応じて意見や見解を公表している。2006年から、公募の中学生、10年からは高校生も加わったモニター制度も取り入れ、番組のリポートを提出してもらって議論に生かしている。
青少年委がバラエティー番組における身体的・精神的な痛みを伴う行為や演出について見解を示したのはこれで3度目だ。
00年と07年にも、いずれも罰ゲームなどに代表される、出演者への暴力的な演出について番組制作上の配慮や改善を求めた。00年の見解ではフジテレビ系「めちゃ×2イケてるッ!」の、ゲームで間違えた人がめった打ちにされる「しりとり侍」のコーナーを名指しして「いじめの形に近いものがあり、こうしたシーンを繰り返し放送することは、暴力やいじめを肯定しているとのメッセージを子どもたちに伝える結果につながると判断せざるを得ない」と指摘した。その後、フジテレビ内での議論を経て「しりとり侍」のコーナーはなくなった。
07年の見解によると、中学生モニターは「『出演者をいたぶる』暴力シーンに関して、一様に不快感を表明していた」という。
今年4月の見解は、再度、罰ゲームやドッキリでの暴力的な演出を子どもたちがまねていじめに発展する危険性があるとした。
さらに、発達心理学や脳科学の知見から、子どもが「他者が慰められたり苦痛から解放されたりするシーンを見ること」で他者を助けようとする「共感性」を発達させていくとして「幼少時から、苦痛や困難に苦しむ人が他の人によって慰められたり助けられたりする場面を見ないで育った子どもは、共感性の発達が障害される可能性が高くなる」と指摘。
その上で、罰ゲームなどで苦しむ様子を共演者が笑いながら見ていることが「いじめ場面の傍観を許容するモデルになることも懸念される」とした。
こうしたバラエティー番組について、中高生モニターからは「不快」「いじめにつながる」といった意見が継続的に寄せられているという。一方、昨年の委員会の議事録には「ドッキリにかけられた芸能人が本当に苦痛ならばNGを出すと思う。私たちが勝手に決めつけるのは良くないと感じた」「すべてを『痛みを伴う笑い』とひとくくりにしてしまうと何もできなくなるのではないか」という中高生モニターの意見もあった。
「痛くないんです」とは言えない
「痛みを伴う笑い」への捉え方は、子どもたちの間でもさまざまだ。今はどのような笑いが受け入れられるのか。テレビ局やお笑いの現場に関わる人々も模索している。
「昔のテレビではよくても、今の若者にとって『これはハラスメントだ』となることも増えている。でも、相方の頭を思い切りたたくことで笑いを取っているお笑いコンビもいる。どこが線になっているか、制作現場も芸人も探っている」。ある在京民放キー局の幹部はそう話す。
自身も長くバラエティー番組の制作現場を経験し、かつては過激な演出もあったと認める。しかし実際に危険なことはしていないし、出演者が「けがをしてしまうライン」は意識していたという。
また、出演者が本気で嫌がったり、痛がったりしているように見せることが笑いにつながり、新たな芸も生まれていた。「そういう中で『あれは痛くないんです』とは言えない」
00年の見解で指摘を受けた「しりとり侍」はなくなったが、今回の見解で番組作りは変わるのか。「制作側としては、具体的な指導や勧告があるまでは待ちましょう、という姿勢」とこの幹部は語り、すぐに番組が変化する可能性は低いと考えている。ただ、見解を踏まえて今後の番組制作の方針について議論はしており「ドッキリのスペシャル番組の放送回数がなんとなく減る、というようなことはあるのでは」とみる。
TBSのバラエティー番組「水曜日のダウンタウン」には、見解の中で多数の視聴者・モニターから批判が寄せられたとされる「落とし穴に芸人を落とす」企画など、多数の「ドッキリ」企画がある。
同局の瀬戸口克陽編成局長は4月の会見で、落とし穴企画について「企画そのものより、演出の手法をどう工夫して届けるか。指摘に限らず、常に何がベストかを検討して、どういう風に表現すると、狙った形の笑いが届けられるかの研究を続けていく」と述べた。渡辺正一常務は番組制作全般について「許容される笑いは時代によって変化する。それに合わせてどう演出を広げていくかを検討していきたい」と語った。
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《おことわり》 当初配信した記事で、TBSの佐々木卓社長の発言として記載したのは、瀬戸口克陽編成局長と渡辺正一常務の発言でした。記事を修正しました。
改善しなければ「国が」
お笑い評論家のラリー遠田さん(42)が今回の見解を受けて注目したのは、BPO青少年委の中高生モニターの意見だ。
「痛みを伴う企画や演出は昔に比べてだいぶ減っていて今の子どもたちは免疫が弱く、我々の世代以上に嫌悪感や違和感を感じたりするのかもしれない。社会全体で感覚が変わってきているんじゃないでしょうか」
価値観は変わったが「痛みを伴う笑いも、ウケるから今もやっている」。ただ、ドッキリは台本がない実録風のリアリティーショーのような演出をする。「出演者は了承済みだし、他の出演者がそれを見て笑うのも、もちろんあざ笑っているわけではない。真面目な顔で見守るのは、体を張っている芸人にはむしろかわいそう。芸人は笑ってほしいわけなんです」。そう制作現場を代弁しつつ、バラエティーを見慣れていない人が「残酷だ」「ひどい」と感じるのも理解できる、という。
「配慮して面白くなくなることもあるかもしれないが、受け入れなきゃいけない。制作者も時代の空気を読んでものづくりをしている中で、番組の多様性や表現の自由が狭まる部分はあるかもしれない。でもそれ以外の価値観の変化や、ネットなど表現の場の広がりで、逆に幅が広がる部分もあるはずです」
子どものテレビ理解について研究する村野井均・茨城大特任教授(68)=発達心理学=によると、子どもはテレビに映ったものをそのまま受け取る傾向がある。テレビで暴力的な演出を見ると「現実でも同じことをして、いじめに発展する可能性がある」という。
これまでは、NHKのEテレのような教育専門チャンネルが幅広い年齢の子どもに対応した番組を放送し、子どものメディアリテラシー(情報を読み解く能力)が自然に育まれていると考えられていたという。しかし、今はテレビを見ない子どもも増えている。「状況の変化に応じ、学校でメディアリテラシーについてしっかり教える必要が出てくるかもしれない」と指摘する。
BPOは、NHKと日本民間放送連盟(民放連)が、テレビの表現の自由を確保し、よりよい番組作りを目指すため自主的に設立した第三者機関だ。村野井さんは「BPOが言ってもテレビ番組が改善しないとなったら、『テレビ局には任せられないから国がやろう』となりかねない。そうなったら民主主義国家にとって大きな損失」と危惧する。「テレビ局はBPOの見解を尊重し、痛みを伴う表現に配慮した番組作りをした方がいいのでは」
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BPO青少年委の「『痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー』に関する見解」は、BPOのウェブサイト(https://www.bpo.gr.jp/?p=11264&meta_key=2022)で全文が公表されている。(弓長理佳、中沢絢乃、照井琢見、編集委員・後藤洋平)
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