「もう引退」投げやりな誕生日に起きた震災 白鵬が東北で考えたこと

有料会員記事

抜井規泰
[PR]

 どれほど多くの人たちに囲まれていても、白鵬は孤独だった。

 2010年の初場所後、朝青龍は暴行事件で引退に追い込まれた。直後から、角界を次々と不祥事が襲う。砂かぶり席での暴力団の観戦問題。現役大関琴光喜らの解雇に発展した野球賭博事件。当時の武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)は辞任に追い込まれ、桟敷席はガラガラになった。地に落ちた相撲人気の回復が一人横綱白鵬に託された。

 相撲の取り口も私生活も「やんちゃ」だった朝青龍に対し、白鵬は優等生のように白星を積み重ねていった。10年の1月場所14日目から11月場所2日目に稀勢の里に敗れるまで、連勝記録は双葉山に次ぐ史上2位の63まで伸ばした。

 だが、人気が戻りつつあった大相撲をさらなる不祥事が襲う。翌11年2月、八百長事件が発覚。直後の春場所は中止となり、迎えた3月11日――。

 その日は、白鵬の26度目の…

この記事は有料会員記事です。残り568文字有料会員になると続きをお読みいただけます。