「バイトの松本君」はウルフルズに 歌詞になったインド喫茶の半世紀

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狩野浩平
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 ロックバンド・ウルフルズの大阪愛あふれる名曲「大阪ストラット・パートⅡ」(1995年)に、一見よくわからない歌詞がある。「♪カンテGでやっぱチャイとケーキ」。調べると、大阪人には知られたインド喫茶のことらしい。チャイを関西に広めたという逸話を持つその店はこの夏、開店50周年を迎える。創業者に会いに行った。

 JR大阪駅から北へ歩いて15分ほど。高層ビルやタワーマンションの足元を通り抜け、線路の下をくぐると、どこか懐かしい町並みが広がる。その中のマンションの地下に「カンテ・グランデ中津本店」(大阪市北区)はある。

 「ビートルズとかヒッピーとか、インドに影響を受けた文化がはやっていた時代でね……」

 ホットチャイを片手に、創業者の井上温(やすし)さん(79)が、半世紀前を振り返る。

 開店は72年7月。不動産業の井上さんは紅茶好きで、喫茶店をしたい夢もあった。友人で建築家の田井和三(かずみ)さん(76)に相談すると、「自分とこでやったらええやん」。所有しているマンションに店を構えた。店名は、大学の美術部後輩の案から。「偉大な歌」という意味だと教えられた。

 1年ぐらいして、紅茶の本場を見に行こうとインドを訪ねた。そこで、「文化的にものすごいインパクトを受けた」。インドの人たちは貧しいが、目を輝かせ、よくしゃべった。

 山岳、砂漠、沿岸。井上さんは様々な土地に足を運んだが、行く先々でしょっちゅう話しかけられた。

 「人と人との距離が近い。そういえば大阪のおばちゃんに似ているかも」。戦後からの高度経済成長で豊かになりながら、ぎすぎすした雰囲気のある日本が対照的に感じられた。

 それから毎年インドに行き、現地の服や雑貨を仕入れて日本で販売するように。家具もそろえ、店の装いも変わっていった。

 そしてチャイをメニューに加えた。当時はスパイスのきいた紅茶を出す店は国内でほとんどなく、ミルクで煮出すものも知られていなかった。カンテ・グランデでは「炊き込みミルク茶」という名で紹介した。

 店は大人気になり、行列ができるように。若い女性客を中心に、小説家や音楽家なども多く訪れた。皆が大声で盛んにしゃべるため、店内はにぎやかを通り越してうるさく、井上さんも閉口したほどだった。

楽しみだった閉店後「いろんな歌を歌ってもらった」

 80年代になると市内に支店…

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