「私」の迷宮と独裁へのまなざし 森村泰昌、両極端な二つの展覧会

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田中ゑれ奈
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 かたや混沌(こんとん)とした精神の迷宮に人々を誘い込み、かたや世界の現状を鋭く見つめる。名画や女優、歴史的な人物に扮するセルフポートレートで知られる美術家森村泰昌。京都と大阪で開催中の二つの展覧会では「私」の内と外、両極端にあえて振り切っている。(田中ゑれ奈)

「みんな興味ない」ひとり遊びの世界

 巨大なインスタレーションとなった会場全体に、波打つカーテンが幾重にも下がり、迷路のような空間を作る。京都市京セラ美術館の大規模個展「ワタシの迷宮劇場」では、森村が自身を被写体に35年以上撮りためてきた、823枚の私的なインスタント写真が展示されている。

 フェルメールの少女やデューラーの自画像、モンローにゲバラ、昭和天皇。過去に発表した作品の登場人物が並ぶ様は回顧展のようにも見えるが、そうではない。作品のテストとして撮影した実験的なショットに交じって、半端な変身途中や、誰に扮するでもなくポーズを決めた姿が並ぶ。

 写真の森の奥には、三つの小部屋が点在する。その一つ、サウンドインスタレーション「影の顔の声」では、無人の舞台を囲む暗い空間に香がたかれ、京都を舞台に奇怪で倒錯的な物語が、作者の森村自身の声で語られる。身体不在の空間において「声」を自画像的表現の一環と捉えた、セルフポートレートの新たな展開だ。

 森村はこれまで、歴史上重要とされる絵画や人物を模倣した作品を通して、広く社会に問いを投げてきた。だが、今回の展覧会は、必ずしも鑑賞者の存在を前提としない「空想的ひとり遊び」の世界だ。「そんなん、皆あんまり興味ない」と森村は言う。

 私的世界をテーマとした展示のアイデアはかねて温めていたものの、世間の要求は「社会性・歴史性を帯びた、誰もが共通の話題とできる作品」に集中し、機会に恵まれなかったと明かす。それでも今回踏み切った背景の一つに「インスタント写真という、自分がやってきたアナログなものが滅びつつある時代に、それをしっかり位置づけておきたい」思いがあった。

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