第2回太陽光パネル、世界一からの転落 繰り返された「負けパターン」

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石山英明
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 大阪府交野市の住宅街に、小さな「発電所」がある。元三洋電機社長の桑野幸徳さん(81)が1992年、自宅の屋根に太陽光パネルを敷いて始めた「桑野太陽光発電所」。日本で初めて送電線につないだ住宅用の太陽光発電設備で、いまも稼働を続ける。

 桑野さんは太陽光発電の研究を始めて半世紀。「業界の生き字引」のような存在だ。

 余った電気は電力会社に売り、足りないときは電力会社から買う。いまは珍しくない仕組みだが、当時は違った。「電力会社の人には、なんで桑野さんちの余った電気を買わないといけないんだと言われた」

 送電線につなぐ制度がなく、役所や電力会社を説得して実現させた。94年度には住宅用太陽光発電の設置費用の半額程度を補助する制度ができ、太陽電池の生産に弾みがついた。「産業政策によって日本の太陽光は世界一になった。その後の衰退は、他国の政策の方が優れていたということではないか」

 90年代後半~00年代半ばは、日本メーカーの黄金時代だった。シャープ京セラ、三洋電機(現パナソニック)、三菱電機が世界市場を席巻。この4社だけで世界の生産量の半分近くを占めた時期もあった。

太陽光発電は、再生可能エネルギーの普及を引っ張ってきました。2020年度に国内の電源構成の7・9%を占める存在にまで成長しました。しかし、産業の歴史をたどると、風力発電と同様、「敗戦」に近い実態が浮かび上がります。

日本勢の黄金時代、だが…

 落とし穴はその絶頂期に潜ん…

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    蟹江憲史
    (慶應義塾大学大学院教授)
    2022年5月15日16時55分 投稿
    【解説】

     太陽光について、堀井さんのご指摘はもっともであり、こうなることは前からわかっていたと思います(なお堀井さんは大学の同期で同じ部に所属していた友人で、いつもはあだ名で呼んでいるので、「堀井さん」というのも何か変な気もしますが)。私自身も20