性暴力被害を生き延びて 「自分がやらねば」当事者から研究者に

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聞き手・田中聡子
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 「#MeToo」運動などにより、性暴力が少しずつ社会で語られるようになった。一方で、傷を抱えて生きる被害者の困難は続いている。加害者との対話を重視する「修復的司法」を専門に研究する小松原織香さんは今年、著書に自身の性被害をつづった。なぜ今、被害を語るのか。そしてなぜ、「対話」なのか。

こまつばら・おりか

ベルギーのルーベン・カトリック大客員研究員。著書に「性暴力と修復的司法」。トラウマ体験やサバイバーのその後を研究対象とする。

 ――著書で、約20年前の性被害体験をつづりました。タイトルは「当事者は噓をつく」。少しどきりとしましたが、なぜあえてこのタイトルにしたのでしょうか?

 「性暴力被害者は第三者から『うそつきだ』と言われることがよくあります。どうして被害者はうそをついてはいけないのか。私にはずっと疑問でした」

 「人は日常的に、自分のことを語る時にうそをついているはずです。『これは言わないでおこう』ということは当たり前にある。過去の記憶の欠落もあるし、記憶の中にあっても言葉にならない『混沌(こんとん)』が残ることもあるでしょう。100%うそのない語りは、不可能です」

 「それでも性暴力被害については、すべてを正直に語らないと『うそ』と言われてしまうことが多い。私も自分の被害を語る時に、『うそをついているかもしれない』という自己に対する疑いは持ち続けてきました。だからこそ、自分の被害経験を、選び、構成し、性暴力被害者の立場である私の『物語』として語ることにしました。性暴力などの当事者の手記によくつけられる『真実の告白』という定型句へのアンチテーゼでもあります」

 ――ただ性犯罪の立証では、虚偽を語ることは禁じられます。

 「司法の場では『推定無罪』の原則もあり、被害者は裁判を選んだ時点で、疑われることを受け入れなければなりません。ですが、それは『性犯罪』を立証するためです。現状では、『性暴力被害者』の90%以上は警察には行きません。加害者を告発しない人に対し、第三者が疑いの目を向ける必要はありません」

 「性暴力には、ただでさえ『語りにくさ』がある。語った時から、そこで起きたことを想像されてしまうからです。『何をされたか』を詳しく知りたがる人はとても多い。それを避けるために沈黙する被害者は少なくありません」

小松原さんには、自身に「性暴力被害者」と名乗ろうと思わせてくれた大きな存在があったといいます。性暴力の問題を研究する道を選んだのはなぜだったのか、その難しさとは。後半に続きます。

あれは「性暴力」、気付いたがどうしようもなかった

 ――では、司法は多くの被害者の救済にならないのでしょうか。

 「たとえ裁判に訴える人が少…

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