対立が遠ざける生活者の視点 復帰50年、沖縄出身の記者が見た国会

沖縄・本土復帰50年

政治部・上地一姫
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 沖縄が日本に復帰してから50年になる。自民党と沖縄をめぐる取材の中で、有村治子参院議員の3月末の国会での質問が気になった。「この日を『屈辱の日』と記憶にとどめる民意が沖縄にあることにも思いを向けなければならない。主権回復の喜びがある一方、分離統治が確定した悲しい側面に、政府はどう向き合ってきたのか」

 この日とは、70年前の4月28日。サンフランシスコ講和条約で日本が主権を回復し、沖縄は米軍統治下に置き去りにされた日だ。第2次安倍政権下の2013年には、その日付に政府主催の「主権回復の日」の祝賀式典があった。

 沖縄では同じタイミングで抗議大会が開かれ、当時私は沖縄タイムスの記者として取材していた。憤りや嘆きの声を聞いた。

 なぜ国会で「屈辱の日」を問うたのか。有村氏に尋ねた。文献を調べ、復帰前、沖縄の漁船は掲げる国旗がなく国籍不明船として他国から銃撃されたり、拿捕(だほ)されたりしたことを知ったという。全国の人に関心を持ってもらいたいとの思いがあった。

 有村氏は今、政治家が沖縄について語る時、「身構えている印象を受ける」という。しかし「どのような政治スタンスをとるにしても事実を丁寧に追う大事な節目にすべきだ」と語る。

 米軍基地問題で国と県が対立する沖縄には、右か左か、政府寄りか否かと線が引かれがちだ。線引きによって見えなくなるものもある。議員の中には「触れるとやけどする」と遠ざける傾向さえある。

 沖縄をめぐる様々な対立で、多くの議員が、あるいは社会が問題を敬遠してはいないか。平時の関心は薄いのに、選挙の時は過剰に焦点があたるような状況にも違和感を覚えることがある。沖縄が「消費」され、すり減ってはいないか。

 沖縄で暮らすと、騒音や汚水などの米軍基地から派生する問題は日常の延長にある。米軍をめぐる事件や事故で沖縄戦や米軍統治下を思い出す世代もいる。復帰の遅れが、年金や児童福祉に及ぼした影響など今につながる課題もある。

 衆院では復帰50年の決議が採択された日は、「屈辱の日」と重なった。一部の議員は別の日を模索したが国会日程上、難しかったという。この日の持つ意味に思いをはせた議員が議場にどれだけいたのだろう。

 半世紀の節目。改めて沖縄のたどった歩みを思い、生活者の視点に立って、今と未来を考えたい。(政治部・上地一姫)

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 うえち・かずき 沖縄県出身。2007年に沖縄タイムスで記者として仕事を始め、20年に朝日新聞入社。岩手県内で東日本大震災の被災者の取材などに取り組んだ。21年から政治部に移り、自民党の国会対策委員長や幹事長を担当。