地震で海底に沈んだ?「白石村」 古地図、神社に残る痕跡

森直由
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 淡路島南部に、かつて大地震で沈んだ「白石(しらいし)村」という村があった――。兵庫県南あわじ市の灘地区には、いまもそんな言い伝えが残る。地域に残る痕跡を調べ、約14年間にわたって研究を続けた林幹昭(もとあき)さん(75)は「8割方はあったと信じている」と話し、調査を望んでいる。

 林さんは、灘地区で生まれ育った。高校卒業後、淡路島を離れて旅行会社などで働いたが、14年ほど前に母の介護のため戻った。思い出したのが、小学生のころに近所の男性から聞いた、淡路島の南に浮かぶ沼島にかけて大きな半島があったという話だった。

 近所の高齢者らに聞いてまわっても、誰も何も分からない。県内外の図書館や博物館、インターネットなどで昔の淡路島の地図を集めた。結果、痕跡が描かれた5種類の地図が見つかった。共通していたのは「白石村」という地名と、「1500年の大地震で沈んだ」という記載だった。

 林さんは、海上保安庁を訪ねて白石村があったと推測される場所の海底地図を入手し、立体模型を作製。海底には、ほぼ三角形で長さ約1・4キロの島から突き出した地形があった。

 白石村については、県内の小学生が使う防災教育の副読本「明日に生きる」でもコラムで触れている。現在とは形が異なる淡路島の古い地図とともに、言い伝えを説明した。県教委の担当者は「災害に関する地域の言い伝えを知ることで、防災への関心を高めてもらう狙い」と話す。

 林さんは古文書も調べたが、地図にあった「1500年の巨大地震」は確認できなかった。ただ1586年には各地で甚大な被害が出た天正大地震があった。「沼島が岩盤だったのに対し、白石村は砂地だったために沈んだのではないか。海底に人工物が残っていないか、調べてほしい」と願っている。

 白石村にまつわる言い伝えは、ほかにも残っている。淡路島で最高峰の諭鶴羽(ゆづるは)山(608メートル)の山頂付近に位置する諭鶴羽神社(南あわじ市)だ。境内には多数の小さな白い石があり、地面を掘っても同様の石が出てくるという。

 奥本憲治宮司(60)によると、歴代の宮司に伝わる話がある。昔、白石村と呼ばれる村ときれいな白い石がある浜があり、白い石を持って神社へお参りをすると願い事がかなうと言われていたという言い伝えだ。代々、境内にある白石を大切に扱うよう引き継がれてきた。波のない海が澄んだ日に海底に鳥居などを見た漁師が昔いたという話を聞いたこともあるという。

 奥本宮司は「境内にある白石や言い伝えを考えると、白石村があったと確信しています。白石村について調べることで、今後起こりうる地震の被害を減らすことにもつながるのではないか」と話した。(森直由)