戦後最悪のビル火災から50年 遺児を導いたおかんの「置き土産」

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島脇健史
【動画】千日デパートビル火災から50年、遺族が思いを語った=島脇健史撮影
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 50年前の5月13日、大阪・ミナミの千日デパートビルで火災が発生し、7階のキャバレーにいたホステスや客ら118人が犠牲になった。木村祐士さん(56)は、この火災で母親を亡くした遺児の一人。ギタリストとして人気ドラマやアニメの劇中音楽に参加しているが、今の自分があるのは、母親が残してくれた「置き土産」のおかげだという。

 「おかあちゃん、捜しに行くぞ」

 突然、警察官が大阪・西成の自宅アパートを訪ねてきた。

 アパートには3歳年上の姉と6歳の自分しかいない。両親は数年前に別れ、母はホステスとして働きに出ていた。

 母の職場は、大阪・ミナミにある千日デパートビル7階のキャバレー「プレイタウン」だった。

 警察官に手を引かれ、案内された場所に行くと、焦げたような、鼻の奥を突き刺すようなにおいがした。目の前には、多くの人たちが横たわっていた。火災があり、多くの人が亡くなったのだろうと感じとった。

 「お前らのおかあちゃんは、この人か」

 「違う」

 警察官とやりとりしていると、うしろで姉の叫び声が聞こえた。

 「ママや!」

 ほんまや。ママや。

 チャイナドレス姿だった。息はない。

 6歳だった自分は、母の死をすぐに受け入れられなかった。その時、悲しいという気持ちは、わいてこなかった。

 しばらくして、火災のあった日は仕事が休みだった母の後輩のホステスと出会った。「なんで7階で死んでるの。あのとき1階で姿を見たのに」

 事実はわからない。ただ、母は火災の中、上の階に戻ってほかの人たちを助けようとした、優しい人だったと今も思っている。

 火災現場となった千日デパー…

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