なぜスポーツ指導の暴力はなくならない? 秀岳館高の会見を読み解く

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編集委員・中小路徹
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 あの時から9年。

 熊本・秀岳館高男子サッカー部のコーチによる暴力問題は、スポーツ界全体における暴力の現在地を改めて示した。

 「あの時」とは、2013年1月だ。

 大阪市立桜宮高男子バスケットボール部のキャプテンが、顧問から受けた暴力などを理由に自死したことが明らかになった。そして、柔道女子の日本代表でも、監督らの指導陣が選手に暴力をふるっていたことが発覚した月でもある。

 社会通念では受け入れられない暴力が、なぜスポーツでは指導の一環として容認されるのか――。

 この時以来、そんな問題意識とともに、競技団体などのスポーツ界は根絶に向け、腰の入った努力を続けている。

 以降、取材する者としての肌感覚は、「暴力はダメ」の意識は、かなり浸透してきていると感じる。

 しかし、完全な払拭(ふっしょく)となると、その道のりは長い。暴力的な空気はいったん、日本スポーツの隅々まで染み渡ってしまったからだ。

 なぜか。

 背景の一つに指摘されるのは…

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    磯野真穂
    (人類学者=文化人類学・医療人類学)
    2022年5月16日12時29分 投稿
    【視点】

    スポーツの語源を辿ると、「気晴らし」や「娯楽」(pastime, entertainment)に行き当たります。この語源からは考えられない状況が、なぜ部活動で起こってしまうのか。 記事にもありますが、スポーツの目的が、心身の鍛錬にある

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    おおたとしまさ
    (教育ジャーナリスト)
    2022年5月15日22時16分 投稿
    【視点】

    柔道出身の格闘家の青木真也さんに「プロ部活」についてインタビューしたことがあります。 以下、拙著からその箇所を抜粋します。  「プロ部活」とは、学校の部活を通してプロやそれに準ずるレベルの選手を育成する構造だ。学校という公的なシステ