沖縄の意見を否定するのは民主主義ではない 東大教授・宇野重規さん

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 沖縄では2019年2月、米軍普天間飛行場の移設に伴う辺野古の埋め立てを問う県民投票があり、投票した人の7割超が反対票を投じました。その直後、岩屋毅防衛相(当時)は「沖縄には沖縄の、国には国の民主主義がある」と発言し、政府は土砂投入に踏み切りました。民主主義を研究する政治学者の宇野重規さん(54)は今も続く埋め立てについて「日本の民主主義全体の信頼の根底的な低下につながった」と指摘します。

――当時の岩屋氏の発言をどう受け止めますか

 「岩屋さん自身の意図はよくわかりませんが、少なくとも『沖縄には沖縄の、国には国の民主主義がある』という言葉には大きな問題があります。基地問題は外交・安全保障の問題であり、沖縄の世論がどうであろうと国の意思決定の方が優位すると、暗黙のうちに含意してしまうからです。あたかも沖縄の民主主義と国の民主主義が別であり、沖縄は国の民主主義の外にあると受け止められる発言でもあります」

――本来はどうあるべきでしょうか

 「沖縄は日本の民主主義社会の一員なのだから、民主主義の理念からして、沖縄を含む国民全体で公正な基地負担について考えなければいけない。日本国民として米軍基地が必要だと思うなら、その負担を国民全体でどう公正に分かち合うか問うべきです。沖縄は国土面積の0・6%ですが、在日米軍の専用施設の7割が集中している。どう考えても過剰な負担を負わされていて、バランスがいい話ではない。これが日本全体の判断として妥当で公正か、真に民主主義の議をつくした決定といえるか、考えなければいけない」

うのしげき 1967年生まれ。東京大学社会科学研究所教授。専門は政治思想史・政治哲学。著書に「民主主義とは何か」「自分で始めた人たち 社会を変える新しい民主主義」など。

――著書「民主主義を信じる」では沖縄の基地負担について、「負担をどの地域に担わせるかについての決定の正当性は、どれだけ異議申し立ての機会があり、その意見が十分に考慮されたかにかかっている」と指摘しています

 「民主主義では多数の意思こそが優先され、多数決の結果が民主主義のすべてであるという見解もあります。しかし、私は民主主義を、より多くの人が政治的な意思決定に参加し、だからこそ決定に従う責任を負うという『参加と責任のシステム』として捉えています。沖縄問題でいうと、沖縄に負担を集中させることが仮に日本全体の多数者の意思だとしても、当事者である沖縄の意見を否定するのは民主主義ではない」

――どういうことですか?

 「民主主義において、負担を…

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