重い11年間「帰りたいよ、でも…」 諦めた、だけど忘れられぬ故郷

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笠井哲也、福地慶太郎 編集委員・大月規義
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 東京電力福島第一原発事故で、長らく立ち入り制限された帰還困難区域の解除日が決まった。11年前とは変わり果てた故郷に住民はどう向き合うのか。

 山林を走る県道沿いには、住宅の「跡地」が点々とあった。かつての田畑には除染作業で使った資材が積み残されていた。

 東京電力福島第一原発の北西約20キロ。福島県葛尾(かつらお)村の野行(のゆき)地区は11年前、約100人全員が強制避難させられた。約40軒の家は無人の間に朽ち、ほとんどが解体された。6月に避難指示が解除された後、4世帯8人が村に帰還するという。

 「帰りたいよ。でも……」と大沢義伸さん(68)は言う。約30キロ離れた三春町の復興住宅で暮らす。

 家は3年前に取り壊した。埼玉県出身の祖父が戦後開墾した土地に、大工の自分が建てた思い出の家だった。建て直して、一から生活を始める体力はないと思う。「11年は重い」

 宅地の除染で放射線量は避難指示の基準をクリアしたが、事故前の10倍はある。国の方針で山林は除染の対象外。昔のようにキノコや山菜は食べられない。15日に村が開いた住民説明会では解除に反対した。

 村は5年後の目標に、住民80人の帰還を掲げる。だが大沢さんも、妻のさゆりさん(67)も「無理でしょう」。夫妻は今後、中でお茶が飲めるような小屋を建て、三春町と行き来したいという。

「もう双葉町が嫌」準備宿泊で知った故郷の現実

 葛尾村に続き、帰還困難区域の一部解除が予定される双葉町。事前に自宅に寝泊まりできる「準備宿泊」が今年1月に始まった。これまで対象者の1%弱、延べ49人が申請した。

 「ふるさとはいいとこだと思っていたんだけどなあ。帰ってきたら、がっかりよ」。双葉町の自宅の居間で細沢靖さん(77)は深いため息をついた。

 子どものころは町の川や海で…

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