国守る「必要悪」、押しつける人たち 福島と故郷の沖縄に重なる構図

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滝口信之
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 沖縄の日本復帰から15日で50年が経った。沖縄県出身の医師島田和男さん(86)=福島市=は幼少期に沖縄戦を経験後、1955年に福島県立医大へ「留学」して以来、福島県内で暮らす。沖縄には米軍基地、福島には原発が置かれた日本の姿に、島田さんは「国を守る『必要悪』を地方に押しつけている。構造的には福島も沖縄も似ている」と語る。

 島田さんは4人きょうだいの末っ子として那覇市に生まれた。45年4月1日、米軍が沖縄本島中部の西海岸に上陸。当時9歳だった島田さんは米軍の艦砲射撃などから逃れるため、家族と一緒に防空壕(ごう)を転々とした。そんななか北中城村にある親族の墓にたどり着き、身を寄せた。

 「デテキナサイ」

 避難して数日経ったある日、外から片言の日本語が聞こえてきた。米兵だ。「行くのは危ない」と止めたが、ハワイ帰りの親族の女性が交渉に向かった。

 島田さんは当時、「アメリカ…

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