52歳記者が挑んだマラソン570キロ 江戸の例幣使たどった6日間

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小幡淳一
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 江戸時代日光東照宮の例大祭に京都の朝廷から派遣される一行「例幣使」がいた。いくつもの峠を越えて約570キロを半月ほどで移動する強行軍。その例幣使を現代によみがえらせてみようというマラソンが今春あった。筆者(52)も挑んでみた。

小幡淳一(おばた・じゅんいち) 1993年、十勝毎日新聞入社。2001年から朝日新聞記者。今年4月から盛岡総局。昨年のマラソンの年間走行距離は9千キロ超。これまでに「佐渡島一周エコ・ジャーニーウルトラ遠足208キロ」「みちのく津軽ジャーニーラン263キロ」「小江戸大江戸230キロ」など完走。

 青空が広がる京都御所建礼門前。4月28日朝、赤や黄の色鮮やかなウェアを着た40人が集まってきた。

 主催したのはNPO法人スポーツエイドジャパン(舘山誠代表)。参加資格には「200キロ以上のウルトラマラソン完走経験者」「地図を読めること」「新型コロナワクチン接種ずみ」などとある。

 コースは京都から岐阜、長野両県の中山道を通り、群馬県高崎市で例幣使街道へ入る。すべての宿場と山中の峠に設定された78カ所のチェックポイントを通過する。与えられた地図を頼りに進んでいく。

 もともと外遊びが好きだった筆者は自転車のロードバイク、ランニングなどをしており、約10年前の40代からフルマラソンを超える距離のレースに出場。ここ数年は200キロのレースならば、徹夜で走って30時間程度でゴールできるようになっていた。

 ただ、初開催のレースで情報が乏しく、ネットの地図でコースをたどると未舗装が多く、道のりは険しい。無理はしないで挑もうとスタートした。

小幡記者は徹夜で走り続けます。闇を抜け、日差しに照らされ、痛み止めを飲んで山へ峠へ。記事の後半で、6日間にわたる道のりを報告します。はたして完走できたのでしょうか。そして、驚きの結果が…。

 鴨川を渡り、琵琶湖の涼しい…

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