家族の「愛」に潜む虐待・DVの暴力 カウンセラーとして、私は闘う

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聞き手・大野さえ子
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 大切なものとされてきた家族だが、その姿はそれぞれだ。パートナーだと思っていた人から身体・精神面で虐待され、ぼうぜんとする人がいる。息を潜め、朝が来るのを待つ子どもがいる。家庭内暴力(DV)を受けた人たちの声を長年聞き続けてきたカウンセラーの信田さよ子さんは、「世間の常識」と闘ってきたと語る。

のぶた・さよこ

1946年生まれ。原宿カウンセリングセンター顧問。著書に「家族と国家は共謀する」、上間陽子さんとの対談「言葉を失ったあとで」など。

2000年代、ようやく「誕生」した家族の暴力

 ――近刊の対談集のまえがきで「カウンセラーであるということは、言葉が武器であるということだ」と書かれています。およそ半世紀、その武器で何と闘ってきたのですか。

 「日本社会では『家族はいいもの。平和で愛情豊かな親の元で子どもが育つ』というのがずっと準拠枠とされてきました。私はカウンセラーとして、1980年代から、酔った夫に殴られたり、父から性虐待を受けたりした女性たちとカウンセリングでお会いしてきましたが、当時は家族の中に暴力などない、すべては愛ゆえのしつけやせっかんだと考えられていて、せいぜい彼らは病的だとして異端視されるくらいでした」

 「実は家族は力の強弱から成り立っており、愛という『隠れみの』によって強者が弱者を支配していることが不可視になっている。ちゃんとそれを暴力と呼ばなければならないと、現場から主張して世間の常識と闘ってきたんだと思います。2000年に児童虐待防止法、01年にDV防止法ができて、ようやく家族の暴力が『誕生』したのです。法律がそう定義したからです。同じ行為でも、定義によって正義や愛情になったり暴力になったりすることを知ってもらいたいです」

 ――戦争の影響についても近著で触れていますね。

 「原宿カウンセリングセンターを開業した1995年から、アダルトチルドレンの女性を対象とするグループカウンセリングで、父親からの虐待経験を多く聞いてきました。今から思えば、彼女たちの父親は太平洋戦争から生きて戻ってきた人たちでした。軍隊の経験を語るわけではないけど、酒を飲むと妻や子どもにひどい暴力をふるいました。『お前みたいなやつが生きて、なんであいつが死んだんだよ』とか言うわけです」

 ――父親が軍隊で経験したことを家族の中で再演していたということですか。

 「旧満州中国東北部)で翌日の戦闘に備え、飲めないのに粗悪な酒を飲まされる。そして翌日、現地の人を殺す。それはトラウマそのものだったでしょう。帰還後の暮らしの中で、そのことを忘れようと思っても忘れられず酒を飲む。私が精神科病院で働き始めた70年代に出会ったアルコール依存症の男性たちの多くはそんな経験を語りました」

 「第2次世界大戦で日本が打ちのめされた経験は、戦場で戦った男性たちばかりでなく、傷ついた彼らが安らげてケアを受ける場とされた家族にも影響を与えたでしょう。70年代末のアメリカで、ベトナム戦争帰還兵たちのDVや虐待が問題になったことと同じだったと思います。家長である男性をケアし慰撫(いぶ)するのは妻であり、妻(母)を支えるのは子どもという構造は、アルコール依存症の家族を見ていて痛いほどわかります。国家が家族に何を期待するのかという意思を見る思いです」

「家族の中に暴力はない」という世間の常識と闘ってきた、と話す信田さん。記事後半では長年のカウンセラーとしての経験から、被害者に必要なケアや、家族が暴力装置になること防ぐためどうすればよいのかなどを語ります。

 ――家長を中心とした考えに変化の兆しはないのでしょうか。

 「刑法の性犯罪についての規…

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