大学は閉鎖、両親は死亡 どん底の私を救ったミャンマーの日本語教室

有料会員記事ミャンマーはいま

森岡みづほ
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 国軍がクーデターで実権を握ったミャンマーで、大学に通えなくなったミャンマーの若者たちが、ボランティア団体の手を借りながら日本語を学んでいる。国軍の監視が厳しい現地では、自由な発言ができず、将来が見通せなくなっているが、語学を上達させて日本留学の夢をかなえた学生もいる。

 4月29日、ミャンマーから3人の学生が成田空港に降り立った。そのうちの一人、21歳の女性が取材に応じてくれた。「やっとミャンマーを脱出できました。(日本に到着したとき)胸がドキドキしました」

 滞在先の東京・高田馬場のアパートでじっくり話を聞いた。女性はレイと名乗った。

 クーデターが起きた昨年2月、大学4年生だったレイさんは両親とヤンゴン近郊で暮らしていた。クーデター後の混乱で大学は閉鎖され、卒業できなくなった。

失意のなかで見つけた貼り紙

 2カ月後、両親を亡くした。屋台を開いていた父はクーデター後、国軍に抗議するデモに参加するようになった。母も一緒に行っていた。ある日、2人はデモに行ったきり帰ってこなかった。レイさんら家族のもとには国軍側から2人の遺体の写真が送られてきた。2人の遺体の行方は今も分かっていない。

 一人娘だったレイさんのほか…

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