第1回トミーズ40年「愛してるねん、お笑いを」 2人だからやってこれた

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 「言うとくぞ。担保はお前の健康や」。借りたのは1億円。命がけで、稼いで稼いで――。けったいな街、規格外の興行会社、化け物みたいな同期芸人。これは、トミーズが芸人になるまでと、なってからの物語。芸歴は40年、相方としてはもっと長く還暦近く。2人の道のりを語ります。

芸のためなら己も泣かす。顔で笑って心で泣いて。今に見てみい。天下取ったる。舌一本、笑いに生きてこそ芸人。ギラつく火花に照らされ、吉本興業は110周年を迎えた。夢も金ものみこんで、さあ、あほのてっぺんへ。

ダウンタウンの存在

 雅 NSC(吉本興業の芸人養成所)を知った当時は、家賃1万3千円のアホみたいなアパートに住んでた。21歳でボクシング負けて大学もやめて。ある日、兄貴がガラガラって部屋に入ってきて、「お前何くすぶってんねん」。新聞渡された。

 「行け。お前のためにできた場所や」。それがNSCやった。まだ、NGK(なんばグランド花月)がつくられる前。ボウリング場の跡地やった。

 健 ちっちゃい建物やったもん。

 雅 当時はこのへん、なんもなかったよ。

 健 外れやったなあ。

 雅 真っ暗なとこ。(街の人も変で)食い物屋のおっさんは「はい」やなしに「フォイ」言う。「フォイおじさん」ってあだ名ついてた。つけたんは(ダウンタウンの)浜田や。

 同期がダウンタウン、ハイヒール。ダウンタウンの笑いはめちゃくちゃとがってて、バケモンや。ガーンとどつかれる感じ。けど、おかげで道が見えた。一等にはなられへん、あいつらの笑いの真逆(まぎゃく)行かなって思って。だから、俺らはダウンタウンのおかげで売れたってよう言うんや。

 健 センスあるネタじゃなくて、昔からのベタでがんばろうと。

 雅 ダウンタウンは鋭利な刃物やけど、土台からつぶすハンマーみたいな笑いもあるやろ。ハンマーになろと思った。生き様で笑わせる。ただ、生き様を語るには時間かかる。20代では無理や思った。

迎えた30代、2人に転機が。きっかけは、吉本からの驚きの提案でした。

 雅 冨井さん(トミーズのコ…

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